第21章 熱の在処
苦々しい九兵衛の表情を目に留め、光秀は不意に口角を持ち上げた。眸の剣呑さはそのままであったが、狙いを定めた獣の如く、獰猛さをそっと知的な色の奥へ押し隠した男の姿へ密やかに息を呑み、九兵衛が問いかける。
「まさか、何かお気付きに?」
「黒脛巾組ですら掴めない情報を持っていると知れば、政宗の奴もさぞ悔しがるだろうな」
「……あまり御味方同士で煽られるのは良い行為とは言えませんが…」
「なに、先方からのご指名が俺というだけの事だ。仕方ないだろう」
「……光秀様をご指名とは、なかなか豪胆ですね」
くつりと冗談めかして笑う光秀の、ともすれば本気とも取れる言い分に九兵衛は思わず困惑の色を見せた。この主君であれば、さらりと何事か余計な事を言ってしまいそうだ、と考えたのも日頃の様子を見ていればこそである。眉尻を下げる部下を一瞥し、肩を緩く竦めた光秀が長い睫毛をそっと伏せた。未だ笑みの形を保っている口元の様子を見るに、既に仕込みは始まっているのだろう。よりによって織田軍の化け狐をご指名とは、敵もかなりの自信家と見える。
「昨日、俺の文机に差出人不明の文が届いた」
「文ですか…光秀様相手に差出人不明は、正直に申し上げてよくある事ではありますが」
「まあそう言うな、九兵衛。ご丁寧にも文の表面には季節外れの桜の花弁が三枚。これをお前は何と見る?」
「………まさか」
光秀が言わんとしている事を察し、九兵衛は眼を見開いた。部下が行き着いたらしい答えと、己の中の答えが一致したらしいと見て取った光秀の口角が更に持ち上げられる。片手を自らの顎にあてがい、伏せていた瞼をゆるりと持ち上げた光秀の眸に鋭い色が灯された。
「────…この誘い、乗らない訳にはいかないな」
常よりも些か低い声色で紡ぐ男の言葉に、九兵衛は小さく頷いて見せる。自信と確信を覗かせた主君の様子をそっと窺った後、部下は静かに瞼を伏せた。主が把握しているというのならば、これ以上の報告は不要という事だろう。話は仕舞いだとばかりに腕を下ろした光秀は、壁から静かに背を離して何事もなかったかの如く歩き出す。つい先程まで密談を交わしていたなどといった雰囲気をおくびにも出さず表通りへ出た光秀は、不意に一軒の店先へ目を留めた。