第21章 熱の在処
内容や言われようはさておき、素直に感情を露わにし、他愛の無い我儘を言う姿は、もしかしたら光秀も見た事が無いかもしれない。そう考えると、言い知れぬ優越が湧いて、必死に己の心を律した。
(この女の無茶苦茶な言い分に耳を貸す義理など、ないというのに)
「光忠さん聞いてます?ねえ、駄目ですか!?」
「………光秀様に下がれと命じられれば、私に逆らう術など無いぞ」
掴んだ袖を数度くい、と引かれる。見つめて来る黒々した大きな猫目が不安げに揺れていた。羞恥でどうにかなる、などそんなものは自分の知った事ではない。しかし、凪の目の中に一切媚びる色がない事を見て取り、光忠は微かに眉根を寄せる。ほんの僅かでも彼女の目の中に、他の女達同様、媚びた何かを含ませていれば迷うべくもなく一蹴出来たものを。残念ながら彼女はそこまで性格的には器用な性質ではなかった。故に、しばし沈黙した後で苦々しく紡ぐ。おそらく早々に追い出されるぞ、と言葉を続ける事は出来なかった。
「よ、良かった…ありがとうございます光忠さん」
「……無礼者に礼を言うなど、大概のお人好しだな」
「それはなんて言うか…言葉の綾です」
「……なるほど」
自分の言葉一つで安堵したように笑う凪の姿を目にしてしまえば、今は余計な事など口に出来まい。せめてもの意地悪で小さく言葉の棘を刺してやれば、彼女は掴んでいた着物の袖をそっと離しながら誤魔化すように苦笑する。凪の顔を赤く染めている原因が、もう熱だけではないと感じると同時、片手に持っていたままの手拭いの存在を今更ながら思い出した。
手の中に握りしめていた所為で、すっかりぬるくなったそれを桶へと入れる。さざなみを立てる心を冷やすかの如く手拭いを湿らせて絞った彼は、綺麗に畳んだそれを凪の手へと、心の内にある感情を消し去るかのようにぐいっと押しつけたのだった。
──────────────…
─────凪が光忠に昨夜の真実を明かされていた頃。
九兵衛に呼ばれて光秀が向かった先は安土城の武器庫であった。先日行われた小国との戦、その戦利品とも言うべき南蛮筒に関する報告を、銃職人から直接聞く為に足を運んだ彼は、そこで織田軍お抱えと言っても過言ではない、腕の良い職人の困り顔を見て思案を重ねていた。