第21章 熱の在処
凪が身を起こすと同時、タイミング良く額に触れさせていた片手を引いていた彼は、やたらと動揺した素振りでどもる凪に肩を揺らし、まったく気遣いの程を感じ難い言葉で褥から出ようとする彼女を制する。
片や凪はといえば、思い切り光忠を光秀と勘違いしていた所為で、つい気が緩んだ調子で話を振ってしまっていた事に今更ながら気付き、元々紅い顔を更に上気させた。本当にこれ以上熱を上げたらどうなるのかという程の体温の高さだが、パニックと羞恥が一片にやって来た凪には、そんな事を気遣う余裕はない。ついでに言えば、光忠が自然に取り入れて来た嫌味にすら反応する事も出来ずにいた。
「何で光忠さんがここに!?というか、あの…光秀さんは?」
「……光秀様は、九兵衛殿に呼び出されて出掛けられた。戻られるまで、私にお前の容態を見ていろ、と命じられてな」
「そ、そう…だったんですか…びっくりした…」
驚きと怪訝が入り混じった様は、先程光秀と勘違いしていた時の態度とは大層な違いである。当たり前の事だと分かってはいるが、あの柔らかく気の抜けた様子を再び光忠の前で見せる事はない。それが少しだけ面白くはなかった。
(……まあ当然だろう。光秀様とこの女は既に情を交わしている)
果たしてどのような流れになったのかは皆目見当も付かないが、主君である光秀が傍に召したい女相手に尻込みするとは思えない。何やかんやと言葉を交わしている内に、想いを交わす結果となったのだろう、そう考え至った光忠はようやく落ち着いて来たらしい凪の横顔をじっと見つめた。熱の所為で紅く染まった顔と、多少なり寝乱れた姿、潤んだ眸は男の目にはなかなかに毒だ。主君の女になったというのに無防備すぎやしないか。自分はともかく、理性の緩い男が見たなら、間違いが起こらないとも限らない。
「…凪、あの御方と情を交わしたのなら、もっと警戒心を持て」
「…情を交わす……?」
仄かな苛立ちを吐き出すかの如く、光忠が些か厳しい調子で告げた。しかし肝心の凪は言われた言葉の意味を正しく理解出来ず、不思議そうに首を傾げる。