第21章 熱の在処
文月に入った事もあり、安土は蒸し暑さが次第に増して来ている。あまり閉め切りにしておくのも良くないだろうと、光忠は入り口の中央部分の襖を二枚開け、風通しを良くした後で敷かれた褥の枕元へ静かに正座した。
(確かに、顔が随分と紅い)
褥に仰向けのまま横たわっていた凪は、顔を赤く上気させて眠っている。薄く開かれた唇が熱の所為で淡く色づき、そこから浅い呼吸が繰り返されていた。まだ凪と会って数日ではあるが、基本的に元気でくるくると動き回っている姿しか見ていない光忠にとって、弱った彼女の姿は妙なざわめきを呼び起こさせる。
(手拭いがずれている。一度濡らし直した方がいいな)
寝返りなどを打っている間にずれ落ちてしまったのだろう、熱の所為ですっかりぬるくなった手拭いを取り、傍らの水桶で布を湿らせた。ひんやりした水はおそらく何度も冷たいものへ取り替えられている。手を入れた瞬間ひんやりとした温度を感じ、それを絞った後で丁寧に畳んだ。
手拭いを乗せる前に、一度熱の程度を見ておこうと考えたらしい光忠が、おもむろに片手を伸ばす。その瞬間、何故か昨夜の光景が脳裏に過ぎり、ひくりと伸ばしかけた自らの手を止めた。
(何故、今更あんなものを思い出す)
心の内で眉間を顰めたまま吐き捨てた瞬間、それまで伏せられていた凪の瞼が力なく持ち上げられる。
「…っ、」
小さく跳ねた鼓動の意味も分からぬまま、光忠が息を呑んだ。
「……あ、光秀さん。ずっと傍に付いててくれたんですか」
ぼんやりと焦点の合わない濡れた黒い眸が男を映す。柔らかく気の抜けた調子の声はふわふわとしていて、何となく覇気がない。それだけで凪が不調であるという事を顕著に表しているかのようだ。
「…私、なんかまた気付いたら寝ちゃってたみたいで、これだけ寝たら、夜眠れなくなりそう…」
重そうな瞼が緩慢な瞬きの合間、すっと伏せられる。高熱で力が抜けきっているらしい凪の声は、か細く弱々しいながらも仄かに安堵の色が見えた。
(………私を、光秀様と勘違いしているのか)
髪型や髪色、眸の色さえ除けば、顔立ちはほとんど瓜二つと言って過言ではない容姿である。熱でぼやけた視界の中、まして意識が朦朧として鮮明ではないのなら、それも当然かもしれない。