第21章 熱の在処
主君が座した事で入室し、入り口の襖を閉ざした光忠が静かに進み出て光秀と距離を開けたまま居住まいを正す。二人のちょうど真ん中辺りへ差し出された書簡へ視線をやり、光忠が顔を上げた。
「戦後でお疲れのところ、大変申し訳御座いません。何分急な引き継ぎに、向こうで少々混乱が起こっているようでして」
「いや、俺も多少なり無理を通した部分はある。文句はそれなりに聞いてやるとでも言っておけ」
「御冗談を。光秀様に文句を言う者などおりますまい」
「お前はどうだ、光忠」
光秀の目は何処となく可笑しそうな色を帯びている。お人が悪い、と内心で小さく溢した重臣は、緩く頭(かぶり)を振って瞼を緩慢に閉ざした。
「光秀様が抱かれる義の為、私は身を粉にして生きる所存です。…その為に、私はこうしてこの場に居るのですから」
「……そうか」
迷いのない毅然としつつも、穏やかにすら聞こえるそれへ、光秀が短い相槌を漏らす。この話題はこれまで、とばかりに自身の手前へ書簡をそっと引き寄せた光忠は、思い出したように告げた。
「明後日には一度丹波へ戻ります。無事引き継ぎを終えて早々に戻って参ります故」
「お前が戻るまでに部屋は用意させておく。安土は不慣れな土地だろうが、お前ならばすぐに馴染めるだろう」
「無論。何処であろうとやるべき事は変わりませぬ。……ところで光秀様、凪が不調だと先程すれ違った家康公からお聞きしましたが…」
さすがに一度も丹波へ戻らず引き継ぎを勝手に完了させる訳にはいかず、光忠は明後日には一時的に留守居の御役目を預かっていた丹波へ戻る。この男の事だ、言葉通り早々に事を済ませて戻って来るつもりなのだろう。そう考えていた光秀に対し、光忠がふと怪訝な面持ちで問いかけて来た。ここへ訪れる途中、帰りがけの家康とすれ違ったのだろうと予測した光秀は、特に隠す事もないと鷹揚に頷く。
「ああ、戦の疲労と心労だと家康が言っていた。風邪の症状は見られないが、熱が高い」
知恵熱、と家康が言った通りの表現を使わなかったのは、凪が光忠にからかわれる可能性を考慮しての、光秀なりの気遣いである。視線を畳の上に落とし、光秀の言葉を耳にしていた光忠は、ふと感じた気配に顔を上げた。光秀も同様に気配へ気付いていたらしく、程なくして襖の前にやって来たもう一人の部下の声に意識を向ける。