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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第21章 熱の在処



いつも通りに紡がれた、嫌味混じりの言葉を耳にした家康が短い相槌を打ち、光忠と静かにすれ違う。遠ざかって行く家康へ一度振り返った光忠は、自身の胸に去来した不可思議な感情に眉根を微かに寄せた。正面へと向き直り、微かに嘆息を溢した男は元々の目的である書簡の受け取りの為、些か足早に主の部屋へと向かう。

(…そもそも私は、あの女の部屋など知らぬ)

別に顔を見たいなどと思っている訳ではないが、光忠が凪を見掛けたのは光秀の部屋でのみ。だから、彼女の部屋の場所など知らない。瑣末事でしかないというのに、何故か異様にその事実が胸に引っ掛かる事へ見て見ぬ振りをし、光忠は辿り着いた主の部屋の前へ両膝をつくと、静かに声をかけた。

「……光秀様、光忠です」

家康に指摘された通り、家臣としては実に無礼千万だが、いつもの如く声をかけてから部屋主の返事を待つ事なく、光忠は襖を開ける。視界に映り込んだのは障子が開かれている事によって露わになっている縁側と、その先の庭だ。庭を眺める趣味の無い光秀の代わりに、御殿勤めの家臣達がせっせと庭師を呼んで定期的に手入れさせているそれは、落ち着いた趣のある静かな眺めで、冷静沈着な主君の雰囲気をよく表しているかのようである。
室内をぐるりと見回せば、いつも光秀が座している文机の前は無人で、昨夜より少なくなった書簡や文がそこに置き去りにされているだけだ。

(……御留守か?あるいは凪の元へ足を運ばれているのか)

凪が不調だと家康から聞いていた事もあり、もしや彼女の傍に居るのかと予測を立てた瞬間、昨夜の情景が光忠の脳裏に蘇る。この歳にもなり、主人の情交を目にしたくらいで動揺する程、光忠とて初心ではない。だが、昨夜のそれは妙に眸の奥に焼き付いた。それは妖しい月明かりを帯びた主人の姿に毒されてしまったか、あるいは…────。
無意識下で思考を巡らせていると、文机の正面に当たる続き部屋への襖が静かに開いた。白袴を優雅に捌いた光秀がそこから姿を覗かせ、後ろ手に襖を閉ざす。彼の手には書簡が握られており、そのまま部屋の中心へやって来た光秀が畳の上に胡座をかいて座った。

「失礼致します」

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