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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第21章 熱の在処



家康の返答は半ば予想出来たものだった。故に、三日月のような形に笑みを刻んだ光忠は、光秀と似通った面(おもて)を家康に向け、切れ長な菫色の目を緩慢に眇める。

「それは良い習慣をお持ちで。まあ、その方が宜しいでしょう。無断で襖を開けては、何が目に飛び込んで来るか分かりませぬ故」

意味深な光忠の言葉に、家康が即座に思い当たったのは凪の一室だ。ただ閉ざされていれば、光秀の自室の続き部屋という認識しか持たない。この男が凪の自室を知っているかは分からないが、もし何かそういった良からぬ事があったのなら、と思考を巡らせた家康が眸の奥に険を過ぎらせて男を睨む。冷たく注がれる眼を受けても一向に動揺した素振りのない光忠に対し、家康が低めた声色で発した。

「あの子の部屋へは勝手に入るな。ただでさえ高い熱なのに、これ以上熱を上げさせるような真似はするなよ」
「……は?」

家康が発した言葉はあまりにも予想外のもので、つい光忠も常の慇懃な態度を忘れ、ただ素の反応を返す。切れ長の目元が軽く瞠られ、虚を衝かれた表情を見せる男の様子に、家康は内心舌打ちした。どうやら光忠が言わんとしていた事は、凪の部屋の事ではなかったらしい。

「………あの女が熱、ですか。馬鹿は風邪を引かないと申しますが、やはり世迷い言のようですね」
「初陣の後だ、そういう兵は幾らでも居る。…お前相手に言ったところで無駄だろうけど、気遣いのひとつも見せられないなら、大人しくあの子には近付かないで、さっさと用事済ませて帰りなよ」

小さく呟きを落とした光忠は、何かを思い起こすようにして一度瞼を閉ざす。やがて肩を竦めた後、いつもの如く小馬鹿にした調子を隠しもせずに鼻で笑えば、家康の硬く低い声が追い打ちをかけた。それを耳にし、光忠の眼にほんの僅かな苛立ちが走る。しかしながら、一瞬の事であった微細な変化にこの時の家康は気付く事が出来なかった。

「……元より私が御用があるのは光秀様のみ。あの女になど、端から会う気はありませぬ。どうぞご安心あれ」
「…そう」

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