第21章 熱の在処
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(………はあ、光秀さんに乗せられてあんな事言うなんて、俺もまだまだだな。あの子は多分、熱で意識が朦朧としてるだろうから、覚えてないだろうけど)
玄関へ向かって歩きながら、家康は内心で深い溜息を漏らす。凪の体調は心配だが、見立てが誤りでなければおそらく明日辺りには復活するだろう。凪を指南するようになってから色々と彼女の事を見て来たが、元来体力はある方だ。だが、さすがに戦ともなれば疲労の濃さも違うだろうし、精神的な面でも気付かぬ内に蓄積されるものはある。
凪に言った通り、初陣を経験した兵達は大抵その後、個人差はあれども寝込んだりする者も多い。光秀が本当に看病出来るかは些か不安だが、彼も彼なりに凪を案じているのは間違いない為、大丈夫かと意識を切り替える。
そうして廊下を歩いていると、前方から見知った────あまり顔を合わせたくない男の姿が視界に映り込み、家康はあからさまに顔を歪めた。その反応の顕著さは、まさに三成に対するそれに近しいものすらある。
「これは家康公。昨日まで散々顔を突き合わせていたにも関わらず、光秀様の御殿で再びお会いするとは。何か御用でも?」
「お前には関係ない」
家康の正面からやって来た男────明智光忠は、予想外の人物がこの場に居る事に片眉を軽く持ち上げ、口元に慇懃な笑みを浮かべてみせた。もはやこの男の態度を咎める気すら起きない家康が、答える義理はないとばかりに一蹴すれば、光忠はただ肩をそっと竦めるに留める。
「……そういえば家康公。貴公は部屋へ入る際、声がけの返答を待ってからお入りになりますか?」
すれ違う間際、一度わざと足を止めた光忠が妙な問いかけを投げて来た。言葉の意味は分かるが、それを今この場で自分に問う意味をはかりかね、怪訝に眉根を寄せる。
「部屋主の返答を待たないで入るなんて無礼者、お前くらいしか居ないだろ」
まあ実際には、この御殿の主もそうなのだが、光秀は言っても武将の立場にあり、少なくとも光忠より地位は上だ。目の前に立つ男は、その主君たる相手の部屋にまで無断で入るような奴である。その時点で色々と問題外というものだ。