第21章 熱の在処
家康の手は光秀のそれよりもほんの少しだけ暖かい。真っ直ぐに注がれる眸を見つめ返し、静かに紡がれたそれに双眸を瞬かせた凪は微かに面持ちを綻ばせて笑った。
「ありがとう、家康。今日一日しっかり休むね」
「そうして。……それじゃ、俺はそろそろ戻ります。大丈夫だとは思いますけど、もし何かあれば遣いを寄越してください」
「分かった、わざわざ面倒をかけたな」
凪の言葉に満足したのか、微かに目元を綻ばせた家康がそっとあてがっていた頬から手を離す。家康は安土城で昨日まで行われていた戦の後処理や備品の確認などの合間に足を向けてくれたという事もあって、あまり長居は出来ないのだ。光秀に声をかけ、荷物をまとめた後で医薬箱を手にし、立ち上がる。光秀がかけた言葉に対し、家康が一度足を止めた。凪と光秀の部屋を隔てる襖の辺りで振り返り、彼は淡々とした声色の中に明確な意思を込めて言い切る。
「いえ、別に面倒じゃないです。…俺も、その子の事が気になったので」
失礼します、と静かに言い、立ち去った家康の後ろ姿を見つめていた光秀は、言い切られた言葉を思い返して微かに双眸を眇めた。やがて、家康の前で余計な心配をかけぬよう、出来る限り気丈に振る舞っていたらしい凪へ意識を向ければ、また熱が上がったのだろう、先程よりも苦しげに眉根を寄せて浅い呼吸を溢している。
「凪、少し眠るといい」
「…ん」
枕元で膝を寄せた光秀が、水を替えた桶の中へ手拭いを浸らせ、冷たく湿らせた柔らかい布を絞った。額に乗せやすいよう、長方形に畳んだひんやりと水気を含んだ手拭いを彼女の額に乗せた後、己の片手を凪の頬に触れさせる。水を扱った所為でいっそう冷たい手のひらが心地よかったらしく、声をかけた返事の代わりに小さな音が届いた。
揺らぐ意識の中、抵抗出来ずにゆっくり閉ざされていく瞼を見やり、光秀の指先があやすように頬を撫ぜる。彼女の意識が完全に眠りへ沈んで行くまで、男はそうしてずっと凪の傍で優しい指先の涼を与えていた。