第21章 熱の在処
「別にいちいち謝る事じゃない。妙な気遣いしてないで、ゆっくり寝て。…熱も相当高い。取り敢えず幾つか薬渡しておくから、食欲なくてもちゃんと胃にものを入れて、それから飲んで」
「分かった」
「家康、昼餉の後はどれを飲ませればいい」
実に申し訳無さそうな凪の姿は普段と違って弱々しさがあり、妙に家康の庇護欲をくすぐる。赤く上気した頬と熱の所為で潤みを帯びた眼が揺れる様を前にすると、つい頭を撫でたくなってしまう。それを押し込めながら言い切れば、返事をする凪の後、光秀が問いかけて来た。
ああ、と自然に答えそうになった家康だったが、問いかけて来たのが改めて光秀だという事に思い至った瞬間、ぎょっとした目で男を見る。
「……光秀さん、あんた病人の看病なんて出来るんですか?」
「心外だな。お前が来る前も、実に丁重に面倒を見ていた。汗で寝苦しいだろうと、着替えまで用意してやったというのに」
「は!?」
実に胡散臭そうな眼差しを向けて来た家康に対し、光秀は瞼を伏せてそっと笑う。口元に笑みを浮かべたまま、薄っすら覗かせた金色の眼でゆっくり凪へ流し目を送る男に対し、家康が驚愕の声を上げた。
「…言っておくけど、ちゃんと自分で着替えたからね」
「っ、…そ、そう。…まあ別にどうでもいいけど」
「その割に顔が紅いようだ。凪の知恵熱にでもあてられたか」
家康をからかう光秀の意図に気付いていた凪が、努めて冷静に補足を入れる。一瞬だけ、本当にほんの一瞬だけあられもない状態を想像してしまった家康の目元に朱が走り、それを目撃した光秀の口角がそっと持ち上がった。
「馬鹿な事言わないでください。知恵熱は伝染りません。……昼餉の後はこれを湯に溶かして飲ませてください。主に疲労回復用に用いられるものです。熱が高くて辛そうな時はこっち…まあ薬の種類を見せれば、凪なら分かるでしょうけど」
「そうか。すまないな、家康。助かる」
光秀に乗せられてはきりが無いと切り替えた家康が小さく溜息混じりに言い切った後、薬包をひとつずつ示して説明する。視線をそちらへ向け、理解したとばかりに頷いた光秀が顔を上げると、真っ直ぐに家康を見た。