第21章 熱の在処
────お前に煽られたからだと言っただろう。
夢の中で、同じようにこうして髪を梳き下ろされた事を思い出した。その時に紡がれた音の切なさと甘さを、凪は何故か鮮明に覚えている。その合間、何を交わして二人はどのような体勢で居たのか、それすらもしっかりと記憶しているというのに、果たしてこれは本当に自分が思っている通り、夢なのだろうか。
夢か現(うつつ)か、どちらであろうと光秀がした自然な行為は、凪の鼓動を騒がせるのに十分過ぎる効果を持っていた。身体の内側にこもった熱がいっそう弾けて上昇するような感覚に陥り、咄嗟に顔を俯かせた彼女の首筋が赤く染まる。
(あれは夢!夢だからあんな風に自分からキスして、それで…光秀さんも、応えてくれて……そうじゃなきゃ、)
────夢でも、そうやって馬鹿にされたら何か嫌です…!
(でも何で、夢の中でも更に前の夢の話をしてたんだろ…)
湧き上がる疑問は際限がない。心の中は疑念で溢れているというのに、同じくらい止まらない羞恥に息が詰まる。何とも言えない気恥ずかしそうな面持ちで唇を引き結ぶ凪を見やり、男は微かに口元を綻ばせた。無論寝癖を梳いてやる目的は変わらないが、敢えて昨夜の出来事を意識させる形でしてみれば、案の定凪は記憶の片隅で覚えているらしいその行為に面持ちを上気させる。
(まあ、このくらいの意地悪は許されるだろう)
完全に夢だと誤解していようが、凪の記憶の片隅に欠片でも残っているのならば、それでいい。乱れた髪を綺麗に整えてやった光秀が何処か満足げに眼を和らげている事など、自分の思考でいっぱいいっぱいな凪は、当然気付ける筈もなかった。
───────────────…
「────知恵熱だね」
褥に横たわる紅い顔の凪を見つめた後、家康が瞼を伏せてきっぱり言い切った。時刻は四つ半(11時)より少し前、戦の処理の合間に御殿へ往診にやって来てくれた家康が凪の具合を診てくれたのだが、その結果が先の言葉だったという訳だ。
告げられた本人も、そして凪の傍に正座していた光秀も思わず双眸を幾度か瞬かせてしまったのは無理もない事である。