第21章 熱の在処
「お布団替えるのくらい自分でやりますよ。家主にそんな事させる訳には…」
「お前に任せて、褥ごと庭先まで転がって行かれては厄介だ」
「何処まで転がる見込みですか…そんな間抜けじゃないです」
「すぐに終わる。そこで良い子にしていろ」
家主どころか一武将に布団を替えさせる護衛対象とはいかがなものか。そう考えて咄嗟に凪が名乗りを上げれば、手早く褥を畳みながら光秀がそれを軽々持ち上げ、揶揄めいた調子で口角を持ち上げる。いくら熱があるとはいえ、さすがにそこまでではないと主張するも、先程より柔らかな声色で優しく制された。
(……あ、れ)
光秀の声を耳にし、凪の耳朶がほんのり赤く染まる。光秀の声は時々とても優しく柔らかいものになる。それは摂津から戻った後で顕著に感じていた事であるし、互いの信頼が多少なり深まったからだと凪は勝手に考えていた。しかし、先程耳にした音は、これまで聞いていたものとは少しだけ異なるような気がして、彼女は内心で首を捻る。
(な、何か声…優しいっていうより、甘い…?)
それは取り溢してしまいそうな些細な違和感だったが、おそらく勘違いなどではない。光秀の声は、今まで耳にしたどんな柔らかな音よりも優しく、そして甘やかだった。自覚したと同時、とくんと鼓動が大きく跳ねる。今、熱があって良かったと心底思わざるを得ない。何故なら、通常の顔色であったならば、彼女の変化に目敏いこの男は気付いてしまうだろうから。
そんなこんなで凪が光秀の小さな変化に困惑している間に、新しい褥を用意し終えた光秀は、最後に枕代わりとした布を頭の位置へと置いた。実は昨夜から凪の箱枕は回収され、戦時のように布を適度な高さで畳んだものが枕代わりとして置かれている。日頃寝にくそうにしていた凪への、光秀なりの気遣いというやつだ。
「ありがとうございます。…もしかして、枕変えてくれてたんですか?」
いかんせん昨夜の記憶が途中からおぼろげな凪は、褥に横たわった事も知らない。よって、今更ながらに枕代わりの布の存在に気付いたのである。
「お前が自分の枕を作るまでの繋ぎだ。お陰で昨夜は随分と大人しかった」
「…天幕でも言いましたけど、普段大暴れ、みたいな言い方止めてくださいよ」