第21章 熱の在処
「…!!?」
「……まだ熱が高いな。もうすぐ家康が往診に来る。その前に一度着替えておけ」
突如触れられた事に一瞬肩を跳ねさせるも、額を通して伝わって来る光秀のひんやりした温度が心地よくて、目をほんの少し眇める。熱が高いという彼の言葉から察するに、どうやらこの頭の痛さは熱の高さから来るものであったらしい。幼い頃から滅多に風邪も、流行り風邪も引く事のない、極めて健康過ぎる体質である為、自身の不調に関して残念ながら凪は至極鈍感だった。
程なくして離れていった光秀の手が、上掛けの着物の上に落ちた手拭いを拾い上げる。上体を起こした際、ぱさりと落ちたのはそれであり、よく周りを見回せば光秀が膝をついた傍らには水が張られた小さな桶が置かれていた。
家康が往診に来るという事は、わざわざ光秀が連絡をしてくれたという事だろう。薬草が趣味でありながら、あまり自分で薬だの何だのというものを使う機会がなかった凪は、ぼんやりした思考の中で小さく頷いた。
「じゃあ、ちょっと軽く支度しますね」
「ああ」
手拭いを一度桶の縁にかけ、凪の言葉に頷いた光秀は枕元に座したまま動こうとしない。顔を巡らせ、じっと相手の顔を見つめた凪は、熱の所為かあるいは別の理由の所為か、とにかく紅い顔で光秀を半眼のまま見つめる。
「どうした」
「……あの、そこに居られると着替えられないんですけど」
「熱でふらついて転びでもしたら大事(おおごと)だ。俺が手伝ってやろう」
「け、結構です!むしろ悪化するので一旦出てってください…っ」
何食わぬしれっとした表情のまま言い切った光秀に対し、くらりと目眩がするような感覚に陥りつつ、文句を並べた。やれやれとわざとらしく肩を竦めた光秀は、凪の箪笥から替えの寝間着を取り出してやった後、それを手渡す。そうして一度部屋を出て後ろ手に襖を閉めた。
(相変わらず心臓に悪い冗談が多いな、あの人は…!!)
光秀が部屋を出た後、凪は細い溜息を漏らして気怠い身体に鞭打ち、立ち上がる。高い熱の所為で寝汗でもかいたのだろう、帯を解いて寝間着を脱いだ後、光秀が用意してくれた新しい淡い水色の寝間着へと袖を通した。