第21章 熱の在処
壊れてしまいそうな程早鐘を打つ鼓動が意識と熱を急き立て、着流しを縋るように掴んだ手が震える。
(あたま、くらくらする)
甘く注がれる熱は際限がない。抵抗の術などとっくに忘れてしまっていた凪の舌を光秀が優しく吸ったと同時、ふと感じた気配に彼は瞼を持ち上げた。頬に添えた片手を側頭部へ移動させ、髪を梳いてやりながら一度瞼を伏せる。腕の中にある華奢な身体がすっかり脱力し、自分に身を預けるような体勢になっている事を感覚で確認したと同時、廊下の向こうから近付いた静かな足音が、襖の前で止まった。
「……光秀様、光忠です。お休み中のところ申し訳ございません」
低いながらも良く通る声が襖の向こうからかけられ、静かにそれが開け放たれる。部屋主の許可なく襖を開けるのは主人譲りという事か、襖が開かれた事で室内の空気が動き、行灯の灯りが静かに揺らいだ。
その刹那、縁側の板間の上、そこに腰掛けた状態の光秀と男の腕に抱かれている凪の姿を視界に映し、光忠はさすがに息を小さく呑む。瞠られた菫色の眸は、ほとんど無意識下で二人の方へと縫い留められた。
薄い月光のもと、夜闇に映える銀の髪が淡く輝きを放つ中、横を向いた体勢でいた男の長い銀色の睫毛がそっと持ち上げられる。覗いた金色の眸に映る感情の種類を一瞬読み取る事が出来ず、ゆっくりと自らの方へ視線を流されれば、光忠は自然と目線を下げていった。
主君の腕の中には凪が居る。深く唇を重ねられていた彼女の瞼がゆるゆると力なく持ち上がり、緩慢な瞬きをひとつした後で光忠を映した。濡れ光る漆黒の眸には、普段の彼女では見る事のない、艶と熱が宿っている。
「……ん、ん…っ!」
光忠と凪の視線がぶつかった瞬間、突如凪がぎゅっと瞼を閉ざし、くぐもった声を上げた。目を伏せた光秀が角度を変え、彼女の舌を強く吸い上げた事で静かな室内に水音が走る。そのまま絡めた舌を擦り合わせつつ、ぬるぬるとした唾液混じりな互いの舌の暖かく柔らかい感触を散々愉しんだ男が、やけに勿体ぶった様子で唇を離した。
「…はっ、…や、何で、光忠さん、…居るのに…っ」
重ねていた唇をゆっくりと離した二人の間に、細い銀の糸が繋がる。やがてぷつりと音もなくそれが切れた拍子、目を開けた凪が紅い顔のまま乱れた吐息の合間に抗議した。