第21章 熱の在処
「……分かりました。じゃあやってみます」
「お手並み拝見といこう」
微かに口角を上げた光秀の言葉に、むっと眉根を寄せた凪が片手を伸ばし、そのまま男の頬へ添えて自身の方へ軽く引き寄せた。そうして瞼を硬く閉ざし、自らの上体を近付けるようにしながら、光秀の頬へ唇をほんの僅かだけ触れさせる。リップノイズすら聞こえない、子供同士の戯れのような頬への触れ合いに、光秀が眼を眇めた。
「……直りました?」
「この程度なら童(わっぱ)でも出来る」
「つまり私はお子様だとでも!?」
「残念ながら。否定してやりたくともそれが出来ないというのが答えだな」
すぐに唇を離して窺うように見やれば、光秀は可笑しそうにくつりと低く笑いを零す。この程度、子供と同じ。成人済の女性がそんな事を言われて苛立たない筈がない。眉間を顰めつつ問いかければ、男は瞼を伏せてやれやれといった様子で肩を竦める。
────視察の夜に訪れた女への態度と凪に大してのそれは、まことに異なりますね。
(何で今、私あの時の話なんか思い出したんだろ)
光忠に散々言われた色気がない、という言葉が今になってやたらと重く伸し掛かった。子供の戯れのような口付けしか出来ない自分の行動を思い返し、無意識で唇をそっと噛み締める。凪へ視線を流す金色の眸は美しく、ただそうしているだけで凄絶な色気が感じられた。
(この前の視察の時は追い返したって言ってたけど、もし…凄く好みな人だったら、光秀さんはどうやって対応するのかな)
何故そんな事を考えてしまったのかは分からない。胸の奥から滲むような微かな不快感に顔を顰め、凪はほとんど意地になってもう一度顔を寄せる。柔らかな凪の唇が光秀の唇の端へと触れ合った。頬よりも明確に口付けを意識する、その手前に落とされた感触に、光秀の目がほんの僅か瞠られる。凪の様子へじっと視線を注いだまま観察し、どうやら酔ってはいないらしいと考えた男は、じんわりと熱を抱いた自らの口端を指先で余韻を確かめるかの如く、ゆっくりとなぞった。
「お前にしては、よく頑張った方か」