第21章 熱の在処
欠けた月の灯りが射し込み、光秀の顔を薄っすらと照らす。淡く白んだ光をほんのりと受け、縁側の傍に置かれた行灯の橙と混じり合った。夜の闇の中とて、いい加減慣れた目ならば、ましてやこの距離なら相手の表情を見る事など造作もない。
緩やかに笑んだ薄く形の良い唇に、自らの指先を軽くあてがった光秀の姿が凪の眸に焼き付いた。穏やかな声はおそらく、ほんの戯れのようなからかいの終わりを示しているのだろう。引き寄せる目的で頬に触れていた凪の手が脱力するように落ちる。もう機嫌など直ったと暗に告げているというのに、彼女の中でいつしか生まれた小さなわだかまりは消えない。それどころか、何故だろう────ほんの少しだけ、大きくなった気がした。
「…なんか、前にもそうやって馬鹿にされたような記憶があります」
それは夢の内容であった筈なのに、つい現実と重ね合わせてしまった凪が顔を微かに歪めて呟く。凪が夢だと思い込んでいるその内容を、まぎれもない現実であると知っている光秀が、それを耳にして口元の笑みを消した。口端に触れていた自らの手を下ろし、凪を見つめ返す。複雑そうな表情を浮かべた彼女の眸の奥を覗き、そこがゆらゆらと揺れている様を見て取った光秀の双眼の奥に、じり、と焦がれる熱が灯った。
「────…それは、夢だったのだろう?」
否定も肯定も与えずに、曖昧な言葉だけを溢した光秀が凪の頬を撫ぜる。刹那、苛立たしげに眉根を寄せた凪が光秀の着流しの衿を片手で掴み、ぐいと引き寄せた。
「夢でも、そうやって馬鹿にされたら何か嫌です…!」
言い切ったと同時、柔らかな唇同士が重ねられる。
ちゅ、と小さな音が互いの鼓膜を揺らした。ほんの僅かに離れた柔らかなそれが、軽く角度を変えて重ねられたと同時、つんと閉ざした男の唇を舌先が突付く。それの意味するところに眉根を寄せ、一度瞼を伏せた光秀が薄っすら唇を開けば、至極遠慮がちに凪の小さな舌がそっと入り込んだ。