第21章 熱の在処
むしろ実はさして不機嫌ではないとバレてしまえば、凪は目に見えて怒ってしまうだろうし、本当の意味で彼女の方がへそを曲げてしまうだろうからと口を開きかけた光秀よりも早く、凪が意を決した様子で声をかけて来た。
「あの、どうすれば機嫌直りますか?」
「…………」
もはやこれしかない、と言わんばかりの直球勝負に、つい光秀も無言になる。真剣さを覗かせた黒々した眼を見つめ、凪が至って真面目に問うていると理解した光秀が、ぱちりと長い睫毛を上下させた。
光秀が常日頃からかっている内容とは異なり、凪は意外と聡くて頭も別に悪くはない。思考能力もあり、光秀が指南している情勢についても物覚え自体は悪くない為、本気でおつむが残念とまでは思っていないが、いかんせん彼女は自分が本当に好きな事以外で長く無駄に思考する事が苦手だった。そういう時、大抵凪は直球を投げて来る。今がまさにそれだ。
「さて、お前はどう思う?」
「え」
故に、ついそんな言葉が口をついて出た。金色の眼を微かに眇め、凪を見下ろした光秀の問い返しに、彼女は短い声を零す。そう来るとは思わなかったのか、微かに瞠られた黒の目を覗き込み、光秀が不意に吐息混じりの笑いを溢した。
「俺の機嫌を直したいなら、自分で考えてみろ」
「わ、分からないから訊いてるのに…!」
「そうか、ならこのままでも仕方がないな」
「なんですかその理屈…っ」
あくまで自分で考えろと告げられた凪は、目の前にある端正な顔の男を軽く睨み、不服を隠しもしない声を上げる。しかし、当の本人はどこ吹く風といった様子でそれ以上譲る気はないらしかった。ぐいと盃の中に残った酒を全て呷った光秀が、空の器を傍らへ置く。必死に色んな事を考えた凪は、そこまで自分がする必要性はあるのかと自問自答したものの、戦中に何度も光秀へ迷惑をかけた事を思い出し、ぐっと唇を噛んだ。
先程から延々と、身体の中で熱が燻っている。湯浴みをした後くらいからずっと消えないその感覚に狂わされてしまっていたのか、それとも何か別の理由があるのか。凪は意を決した様子でぐいと盃を一気に呷り、空のそれをことんと微かな音を立てて板間へ置く。