第21章 熱の在処
突如背に回っていた男の腕に力が込められた事により、びくりと身体を跳ねさせた凪は、色んな事を一度に思考した所為か、若干くらくらする頭を持て余した状態で声をかけた。清秀の話題はもう十分だろう。その後の出来事は光秀も目にしていたし、自分の選択を光秀相手に謝るのもおかしい。
故に、凪は話題をほとんど無理矢理変える事にした。誤魔化すよう必死に言い募った彼女へ視線を落とし、光秀は傍らに置いた銚子を持ち上げると、空の盃へ並々と注ぐ。
「ありがとう、ございます」
「随分気に入ったようだな」
「…え、そうですね。気に入りました。普通に好きです」
「そうか」
(えっ!?ピリオド打つの早っ…!)
注がれた盃を取り敢えず傾け、数口呑む事で色んな気まずさから異様に渇いた喉を潤すと、抑揚なく言われた台詞に頷いた。しかし、呆気なく終了した短い言葉の応酬に内心声を上げた彼女は、何とかしなければと思考を回す。
(亡霊さんの事をひとまず忘れさせて雰囲気を持ち直さないと、折角光秀さんを休ませる作戦が台無し…!)
ちらりと盃へ口を付けながら窺えば、光秀も傍らに置いた盃を持ち上げて軽く傾けてはいたが、その憮然とした表情はとてもじゃないが楽しそうには見えない。むしろ何処か不機嫌そうですらある。一体どうしたら光秀の機嫌が直るのか。時間稼ぎように梅酒をゆっくりちびちびと呑みながら、凪は些か難しい面持ちで話題の引き出しを開け閉めする。
(………考えが透けて見える。どうやら、俺が機嫌を損ねたと本気で思っているらしい)
一方光秀は憮然とした表情の下、ある程度感情の整理を終えた状態で凪を改めて見つめていた。くるくると変わる彼女の表情は見ていて飽きないし、自分の為にあれこれと考えているらしい姿は普通に愛らしいものだ。色々思うところこそあるものの、いつまでも不機嫌で居る程、光秀も子供ではない。ただ思った以上に凪が甲斐甲斐しくも自分の為に考えているらしいと見て取れてしまい、つい悪戯心が湧いてしまったという訳である。
(あまり悩ませて知恵熱でも出されては困る。遊びはこの辺りで止めておくとしよう)