第21章 熱の在処
眉根をぐっと寄せつつ首を捻り、必死に思い出そうとしている凪を見つめ、どうやら彼女の言う記憶が【目】以外のものである事を察し、彼は自らも視線を南蛮筒へ向けた。平和な世に暮らす凪がこのような人を殺めるものを知っているとは考え難い。そこまで思考を巡らせた光秀を他所に、凪はあっさりと考える事を一度放棄したらしく、切り替えて明るい声を上げた。
「…まあ、今考えても出て来ないだろうし、何か思い出したら教えますね」
「ああ、期待せず待っている」
「どうせ思い出せないだろうって顔してる」
「まさか」
くつりと喉奥で低く笑いを溢した光秀が肩を竦め、身を翻す。恐らく湯浴みに向かうのだろう。部屋を出て行く後ろ姿を眺めながら、凪は少しずつ薄暗くなり始めた庭先へ意識を戻し、そのままぼんやりとその場に座り込んでいたのだった。
光秀が湯浴みを終えて自室へ戻ると、縁側には酒の道具一式と膳が用意されていた。白い着流しに羽織りをかけた光秀が、肩に白の羽織りをかけて座っている凪の元へ近付いて行く。湯浴みの合間にどうやら彼女も寝間着へ着替えたらしく、淡い藤色のそれをまとっていた。凪の隣へ胡座をかいた光秀は、凪の傍にある膳へ視線を投げて静かに問いを投げる。
「これはどうした。お前が用意したものではなさそうだが」
「光忠さんが、光秀さんに呑ませて欲しいって薬酒を持って来てくれたんですよ。戦の後でもあまり休まないだろうからって」
「……まったく、あの男の気遣いの程度はまるで秀吉並みだな」
光忠が持って来た、と告げられた時点でおおよその事を察した光秀が瞼を伏せて溜息混じりに零した。秀吉も光忠もある意味では気が合いそうな二人の共通点を思い浮かべ、凪が可笑しそうに笑う。
「それだけ心配って事ですよ。だから、忙しいのは分かりますけど、今日はせめてゆっくり休んでください。ついでに、私も呑んでおけって言われました」
膳の上から盃をひとつ取り、それを隣に座る光秀に差し出した。目の前の盃へ視線を落とし、微かに口元を綻ばせた光秀が凪の手から器を受け取る。