第21章 熱の在処
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光秀が御殿へ戻ったのはそれからおよそ一刻後、暮六つを過ぎた頃だった。
あのまま一刻程板間に転がっていたらしい凪を、帰宅して早々見つけた光秀は一瞬、彼女が倒れているのかと思い、咄嗟に表情を凍りつかせた。瞠られた金色の眼が揺れ、色を失くした面持ちのまま凪、と声をかけようとした瞬間、ふと身を起こした彼女がいつも通りに振り返った事で、表情が常のものへと戻る。光秀の微細な変化に気付けなかった凪は、何故か入り口付近で立ち竦んでいる相手を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「お帰りなさい光秀さん。……どうかしました?」
黒々した眼に見つめられ、瞼を伏せた光秀が取り繕う様など感じさせないような笑みを口元へ乗せる。
「…いや、ただいま。お前に縁側で寝る趣味があったとは思わず、少々驚いただけだ」
「そんな趣味ないですし、そもそも寝てません」
「夕暮れの中で丸まっている姿は、まるで主人を待ちわびる仔犬そのものだな。後で存分に構ってやるとしよう」
「別に待ちわびてません」
いつもの軽口を耳にし、むっと眉根を寄せた凪が不服を露わに言い切った。既に灯されていた行灯の灯りを受け、橙色に照らされた彼女の表情が何かを隠しているようには思えず、どうやら何事もなさそうだと確認を終えると、光秀は手にしていた一丁の銃を文机の後ろに立て掛ける。腰に差していたいつもの種子島も抜き去り、その横へ立てる光秀の様子を眺めていた凪は微かに目を瞬かせた。
「あれ、それって…」
「…ああ、試しに一丁いただいた。扱うには慣れが必要だろう。今の内から手に馴染ませておくに越した事はない」
光秀が持ち帰ったのは、今回の戦での最大の戦利品とも言える南蛮筒である。【見た】ものと同じ形状をしている事で気付いたらしい凪が、しばらくそれを見つめて首を傾げた。やがて視界の端に映る彼女の様子に気付いた光秀が、怪訝な面持ちを浮かべて問いかける。
「どうした?」
「いえ、やっぱりその銃…なんか見た事あるような気がしたんですけど…うーん…何処で見たんだっけ」