第21章 熱の在処
夕餉をまともに食べるか分からない光秀に、酒だけを呑ませるのは気が進まない。その為、酒の肴を用意して薬酒と一緒に出そうという作戦を立てた。正直疲労は溜まっていたし、湯浴みを済ませた事で身体が先程からほかほかと暖かく、御殿に戻った事で気が緩んでいるのか、ふわふわとした感覚がまとわりついていたが、さしたる問題ではないと判断し、凪は勢いをつけて立ち上がると、厨へと向かったのだった。のだが、
(………追い返された)
少しの間の後、部屋へ戻った凪はがくりと肩を落とす。別に素気無く追い返された訳ではなく、戦帰りで疲れているだろうから、酒の肴などは自分達が用意して頃合いを見つつ運んでくれる、という話になったのだ。初陣を終えた凪を案じてくれた家臣達に無理を通す訳にもいかず、お願いします、と告げて部屋へ出戻ったという訳である。
戦の事後処理が果たしてどのくらいで終わるのか、そんな事など見当も付かない凪は、ひとまず自分の部屋に戻ろうかと足を踏み出した。しかしその瞬間、開けた障子側から強い風が室内へと吹き込み、光秀の文机に置かれていた数枚の文などが風で煽られ、舞い上がる。
「わ、やばい…!!」
おそらく処理の順番や並びなどがあるのだろう、いつも書簡整理に取り掛かる前、光秀が文などをよく並べ替えているのを目にしていた凪は、慌てた様子で畳に散らばった数枚の文を拾い集めた。書簡が上の方に置かれていた事もあって、それがおもし代わりとなり、机上のものすべてが散らばるといった事態にはならずに済んだ事が幸いである。
「えーと…落ちた位置から考えて、順番は多分これが最初で…」
文の飛距離で順番を推測しつつ、丁寧に拾って歩いた。その中で一通、やけに目を惹く文の存在に気付き、凪は微かに双眸を見開く。丁寧に畳まれた文に、花びらが貼り付けられていた。その文を拾い上げたと同時、ふんわりと上品でほの甘い、まるで女性が焚き染めるかのような香が鼻腔を掠める。
(……女の人からの、手紙)
甘く芳しい、妙に鼻につく香りは光秀の薫物で満ちるこの一室において、酷く異質に思えた。