第21章 熱の在処
────────────…
小国との戦が織田軍の勝利で幕を引き、撤収を終えて安土へ帰還出来たのは七つ(16時)頃を過ぎた辺りだった。
凪は光秀の家臣達と共にそのまま御殿へと送られ、光秀はそのまま後処理があると言った理由から安土城へと戻る。家康や医療部隊もまだ片付けなどがあるという事で、光秀達と共に城へ向かって行った。
ちなみに光忠も今日は下がっていいと光秀から伝えられていた事もあり、主君には付き添っていない。念の為、一度光秀の御殿に立ち寄った光忠が、自らが滞在する宿へ遣いを出すと程なくして彼の家臣が紫紺の包みを持ち、御殿を訪れた。
光忠が持って来させた包みの中は紀伊の梅酒らしく、例に漏れず彼が勧めて来るという事は、即ち薬酒である。戦の後でもあまり休息を取ろうとしない光秀相手へ、酌でもして呑ませろ。ついでにお前も呑んでおけ、という意図で押し付けた後、彼は家臣と共に宿へ帰って行った。
御殿の留守を任せていた家臣達に手厚く迎えられ、勧められるままに湯浴みへ向かった凪は、実に二日振りとなる湯にもはや感動にも似た心地を覚え、散々雨ざらしになっていた身体や髪を丁寧に洗う。さっぱりとした心地で御殿用の小袖をまとい、裸足のまま部屋へ戻ると、光秀はまだ帰ってはいないようだった。
夕刻が近付くから、という理由で既に家臣が気を利かせ、火を灯してくれていたのだろう行灯や燭台の灯りがゆらゆら揺れる中、光秀の部屋の障子を開けて縁側の板間へ座り込む。ちらりと背後を振り返ると、光秀の文机が視界に映り込んだ。摂津から戻った時程ではないものの、再び山積み状態になっている書簡や文などが見え、凪は眉尻を下げた。
(帰って来たらやっぱり整理とかするのかな。でも今日くらいはゆっくりして欲しいんだけど……やっぱり光忠さんに言われた通り、呑ませよう)
酔った姿を見た事がない、あるいは酔ってもすぐに抜けると言う光秀を、酒でどうにかして休ませるというのはなかなか難易度が高いようにも思えたが、気を緩めて貰うといった意味も含めて、押し付けられた梅酒を有効活用しようと凪は決意する。
(光秀さんについて行った家臣の人達は皆明日も非番って言ってたし、ちょっと厨使わせて貰って、何かおつまみ的なの作ろうかな)