第5章 摂津 壱
現代ではおよそ考えられない距離感に戸惑ったというのが正直なところだ。戦国武将がそうなのか、あるいは光秀が特別なのか。
ぐるりと室内の調度品を見やった後、自身の膝へ視線を落として深々と息を零した。
(……それにしてもこの宿、昨日の部屋よりちょっと豪華な感じがする。真っ直ぐここに来たから、あんまり町の様子は見れなかったけど、なんだろ…)
黒檀の文机に、数カ所へ配置された行灯。床の間には活けた季節の花が飾られていて、室内に敷かれていない事から察するに押し入れには褥が収納されており、障子の向こうはおそらく張り出しの床が続いているのだろう。
割竹で作られた着物を掛ける為の衣桁(いこう)が二台に、その横には化粧台と思われる、布が掛かった丸い鏡のようなものが置かれている台があった。
奥部屋を仕切る為の襖にも豪勢な梅と鳥の絵が描かれていて、続き部屋とはいえ、閉め切れる空間がある事に安堵した凪は、今夜は必ず向こうの部屋で寝ようと心に誓う。
視線を上げ、室内を再度窺った凪は去来した違和感に眉根を寄せた。
町へ足を踏み入れた時に覚えた違和感が、どうにも拭い去れない。
(全体的に、錆びた臭いがする)
あまり嗅いだ事のないそれは正直良い臭いとは言えないもので、この室内や宿内では竹炭が隅へ置かれている事もあり、それが消臭剤の代わりを果たしているのか外よりは幾分マシであるのがせめてもの救いだった。
「これからどうするんだろ。謀反の疑いとかを調査するって言ってたけど、どうやって?私、役に立つのかな…」
凪が光秀から聞かされていたのは、摂津で謎の米の動きがある、という端的な情報のみで、具体的に何をどのようにするのか、自分は何をすれば良いのかなどは一切聞かされていない。
自分に出来る事などさしてないと考えた凪が顔色を曇らせ、零れた不安に視線を下げたと同時、部屋の襖が静かに開かれた。
「どうした?迷い子のように不安げな顔をしているな」
室内へ足を踏み入れた光秀が、開口一番に凪の表情を捉え、静かに問いを投げる。
弾かれた様子で顔を上げた凪を視界に捉えながら後ろ手に襖を閉ざし、彼女が座る座布団の前へ膝をついた男が湯呑みを二人分、そこへ置いた。