第20章 響箭の軍配 参
まあ光秀がそこまで言いたくなる気持ちも分からなくはない。
普通ならば、元の生活に戻りたいと考えるものなのだろうが、凪の価値観は他とは若干違った。何せ、ワームホールが開かなくなったと佐助から聞かされた時、真っ先に心配したのは生活費と職である。さすがにこの時代へ放り投げられた当初は生きる術すら持たない状態だった為、さっさと帰りたいと考えていたが、それ以外で凪が現代に執着する理由は、正直あまりなかった。
「この時代でやりたい事を見つけたんです。私が得意な事って、元の世だと全然役に立たないし…でも、この乱世なら少しは自分の好きな事や出来る事に、やり甲斐っていうものを感じられる気がするんです」
「……だが、この世はお前から見れば、さぞ不便で生きづらいだろう。それでもここに残ると言うのか」
「不便でも暮らせない事はないですよ。それに何事も慣れです。現に私、今滅茶苦茶不便で生きれないなーって思ってる訳じゃないですし」
まあそれは、光秀さんにお世話して貰ってるっていうのも大きいんですけどね。と付け足した凪が些か困ったように笑った。凪の面倒を見る事など、光秀にとっては何ら問題はないし、そもそも惚れた女の面倒を見たくない男など居る訳がない。そこまで口にする事は出来ないが、いずれにせよ凪の意思は硬いようだった。
「それに、どの道いつ帰れるかも分からないから、それならいっそ本格的に腰を据えちゃおうかなって」
ワームホールがいつ開くか分からない、という事実がある以上、帰る可能性をうじうじ待つより、いっそこの時代に馴染んで暮らした方が良い、という実に単純明快な考えなのだが、凪がその考えを変える事はないのだろう。何せ、彼女は自分が決めた事はおおよそ譲らない。
「…という事で、一応家主兼護衛の光秀さんにもその意思を伝えておこうかなって思って。私がこの時代で一番お世話になってるのは、やっぱり光秀さんだから」
またしばらく護衛が要らなくなるまで、よろしくお願いしますね。
そう告げた凪はいつの間にか指先の力が緩んでいた光秀の手から腕をするりと抜き去り、身を翻した。