第20章 響箭の軍配 参
頬からするりと手を移動させ、頭に触れた光秀のそれがまるで愛玩するが如くよしよしと撫でた。明らかに調子を取り戻し過ぎな光秀へ、先程の様子は何だったのかと焦った凪が手を拒絶するよう首を軽く振って一歩下がる。乱れた前髪を手櫛で整えた後、光秀の胸を両腕で軽く押さえた凪の片手を易々と捕まえた男がするりと指先で皮膚を撫ぜた。
「何か吹っ切れ過ぎじゃないですか…!?」
「そうでもない。いつも通りだ」
片手を難なく捉えられたまま、凪が気恥ずかしさ故に声を上げる。しれっとした態度で言い切った光秀をじっと軽く睨んだ凪だったが、やがて小さく溜息を漏らした。何にせよ、光秀の心の霧を少しでも晴らす事が出来たのなら、それでいい。戦中の光秀の態度は凪にとって違和感でしかなく、そんな態度をされるくらいなら、いっそこうしてからかわれていた方がいいとすら思えてしまうのだから不思議だ。
ふと、今ならばと凪は唐突に思い立った。戦中に決意した事を、ついでに言ってしまおうと考えた彼女は光秀を見上げる。
「そういえば光秀さん、私決めた事があるんですけど」
「……ん?」
さすがの光秀も、唐突過ぎる凪の発言の意図は読めなかったらしい。短い相槌を受けてから、彼女は特に躊躇いもなく、いやにきっぱりすっぱりと口を開く。
「─────私、元の時代には帰らない事にしました」
「………は?」
突拍子がなさすぎて、思わず光秀は短い音以外返す言葉が思いつかなかった。金色の眼を見開き、完全に虚を衝かれたその表情を光秀が浮かべるのはとてつもなく珍しい。しばらく無言でいた彼は、おそらく自身の脳内で今一度凪の発言を反芻させたのだろう。途端に些か厳しい面持ちを浮かべ、怪訝な調子で問いかける。
「…お前、自分が何を言っているのか理解しているのか?」
「そこまで考えなしの馬鹿じゃないですよ…!」
「おつむの大小は、そう容易に変えられるものではないぞ」
「全力で馬鹿だって言ってくるのやめてもらえます!?」