第20章 響箭の軍配 参
絡められた細く白い小指へ視線を落とし、光秀は眉根を微かに寄せた。たかが指一本、ほんの僅かに触れただけで凪の熱が光秀の冷たい肌へじんわりと移る。
己の手が血塗れだという事は自覚していたし、それに対して何かを思うような心はすっかり抜け落ちて───否、抜け落として来た。しかし、今回の戦を経て、改めて凪が戦を知らぬ世からやって来たと実感する度、触れる事を躊躇ってしまっていた事も事実だった。これから先も、自分のやり方を変えるつもりはないし、変えられるとも思わない。だが、そうする事で凪に躊躇いなく触れられないというのは、思った以上に光秀の心の穴を広げていたらしい。
(お前に触れていると、抜け落ちた穴がゆっくり塞がれて行くような感覚になる。頼りないこの小さな手を、無意識に俺は求めていたのかもしれないな)
始まりは摂津だった。裏切り者と隠し女の振りをする際、違和感を拭う為に繋いだ手。必要だから、危険だからと繋いでいたそれがもう不要になっても尚、光秀は凪の手を取り続けた。差し出した手を凪が次第に躊躇いなく繋いで来るようになった時、もしかしたらあの時からずっと、自分の心に嘘をついていたのかもしれない。
過去に思いを馳せ、ふと思案を巡らせていた光秀に対し、凪はやがて小指をそっと解いた。自然と離れていく二人の手は、そのまま重力に従って下りて行く。凪の手を追い掛ける事も出来ず、光秀は小指に残った温度に瞼を伏せた。
「その手は、私を守ってくれた手です。だから、光秀さん自身が何て言おうと、間違ってないって言い続けます。光秀さんがやって来たひとつひとつが積み重なって、色んな人の意思と混じり合って、五百年後の平和な世で私が生まれました」
ふと、瞼を持ち上げる。凪は相変わらず、逸らす事なく光秀を見つめていた。戦う術を持たないか弱い彼女が、血塗れの手を持つ自分を何処までも肯定している。外聞や先入観、色んなものを抜きにして、明智光秀という人間そのものをただ純粋に信じて受け入れるその姿に、胸の奥へ今も尚広がり続ける波紋が大きく波打った気がした。
「そんな世界で生まれた私が、今光秀さんの目の前に居る。それだけで、十分分かる筈です。私は、そう思います」