第20章 響箭の軍配 参
それはとても一方的で保障も何もない、どうしようもない約束だった。戦場に出る相手に無事で戻れなど、そんな都合の良い約束など、交わす方が本来は難しい。しかし、光秀はその仕方のない約束が無性に嬉しかった。光秀の言う事を何一つ聞かない、無茶で無鉄砲な凪の無事を守るたったひとつの約束の代償が、自分が無事に帰る事だと言うのなら、それだけで交わす価値があると思わせてしまう────凪は光秀にとって、唯一無二の【特別】だった。
「…とんだ取り引きだ。だが、それを交わす価値はある」
「価値とか、そういうんじゃ…────」
「そこまで言うなら、いいだろう。お前はお前のやるべき事をして、俺を待っていろ。俺も、必ずお前の元へ帰る。…例え、どんな手を使ってでもな」
諦めたような色をほんの僅か窺わせた光秀の口元が、ようやく微かな笑みを刻む。やがて普段のような表情を覗かせた光秀が、それでもやはり自らに触れて来ない事を見て取り、もはやついでとばかりに一歩また近付き、光秀の片手をそっと取った。
凪が光秀の手に躊躇いなく触れた瞬間、彼が微かにその手を動かす。戦が始まって以来、咄嗟や衝動的な時以外は自ら触れて来ていない事や、何処となく距離のある態度を思い起こし、ふと眉根を顰める。そうして光秀の小指と自らの小指をそっと絡め、軽く持ち上げた。
「取り引きっていうと何かあれなんで、約束って言いましょう」
「……小指同士を絡めているのは何故だ」
「後の世ではこうやってたまに約束って、やるんです」
絡められた二人の小指を見やり、光秀が些か怪訝な面持ちを浮かべる。いつも飄々としている男のそんな表情を前にして、何となく可笑しくなってしまった凪は、くすくすと小さく笑いを溢した。柳眉を僅かに寄せる光秀の視線を受けても尚、凪は絡めた小指をそのままにして軽く振る。
「……私、全然普通ですよ。光秀さんの手、怖くないです。もし…自分の手が汚れてるって思ってるなら、そんな事全然ない。五百年後の平和な世界で生まれた私が保証します。光秀さんは、間違った事、してない」
「…相変わらずのお人好しだな。お前も見ただろう、俺は必要ならば躊躇いなく引き金を引く。そういう人間だ」