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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第20章 響箭の軍配 参



ざあ、と一度強い風が吹き抜けた。すっかり乾いた凪の黒髪を揺らし、木々の青々とした葉を揺らす。やがて、逸らす事なく真っ直ぐに凪を見つめていた光秀が、そっと口を開いた。

「─────凪、お前はもう戦場へは立つな」

落ち着いた低音が鼓膜を揺らす。その音を耳にした瞬間、元々大きな猫目が、更に大きく瞠られて、ゆらゆらと揺れる。

「……え?」

ぽつりと溢された疑問とも戸惑いともつかぬ声を他所に、光秀は視線を逸らさぬままで続けた。

「ここは本来、お前が立つべき場所ではない。戦を知らぬ世のお前が、血に塗れた乱世の業を見る必要も知る必要もない。だから、もう戦場へは立つな」

光秀のそれへ、しばらく言葉を失った凪はただ男から注がれる眼差しを受け取り、そうして投げ出したままであった片手をぐっと握る。

「なんですか、それ…」

光秀が何故そのような事を言ったのか、凪にもそれは何となく分かった。元々心根の優しい光秀の事だ。自分を気遣ってそう言ってくれているのだろう。確かにタイムスリップなどしなければ、人が命を散らす瞬間も、よく知る人が手を汚す瞬間も、何もかも知らず、見る事もなく生きて行けた筈だ。けれど、今自分は確かにこの乱世に存在している。知る必要がないから、見る必要はないからと遠ざけられるのは、この戦の中で決意を固めた凪の意思を大きく捻じ曲げられるかのようで、納得が出来ない。

「そんなの、光秀さんに決められる事じゃない。私は私の意思で決めて、自分に出来る事をします。だから、その話は聞けません」
「……強情な娘だ。あれ程危険な目に遭ったにも関わらず、何故この場に立とうとする」
「この乱世で、私が一番目を逸らしちゃいけないからですよ…!」

必死に自らの意思を伝えようとする凪に対し、光秀は微かに柳眉を顰める。人が事切れた時、清秀相手に取引きをした時、奇襲の隊に襲われそうになった時、どれ程恐ろしかったかなど、もうその感覚を抜け落としてしまった光秀には分かる筈もない。しかし、言及したそれに対して言い放った凪の一言が光秀の眸を瞠らせた。

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