第20章 響箭の軍配 参
清秀は基本的にいつも笑みを浮かべていた。しかし、それは本心の伴わない、仮面のようなものだと凪は思っていたのだ。けれども、数刻前に見せた彼の表情は凪の思う、仮面から少し外れていたような気がして、少なからず彼女の中に疑問を残す。
(…まあ考えても分かんないし、今は片付けに集中しないと。この簪は…仕舞っておこう)
手にしていた簪を籠の中に入れたと同時、天幕の外でいっそう大きな歓声が響いた事に気付いた。おそらく光秀達が帰還したのだろう。凪は籠の中に文を入れ、蓋を閉めた後で芙蓉の簪をいつも通りに挿す。そうして身を翻し、光秀隊を────光秀を迎えるべく天幕を出たのだった。
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────…光秀、先程後方から鏑矢を射ったのは何者だ。あれは貴様が敷いた陣の方角から飛んでいた。貴様の指示だろう?
後方の陣に戻る間際、信長によって問われた言葉を思い起こしていた光秀は、勝利に湧く自らの部隊の面々が喜びを分かち合う声を耳にしつつ、思案に耽っていた。信長に対して偽りを述べる理由はない。故に主君にあの矢を射ったのが凪である事を明かすと、信長は心底面白いと言わんばかりに口角を上げる。
────…ほう。ますます愉快な女だ。やはり俺は良い拾い物をしたようだ。そう思わんか、光秀。
何かを探るような、本心を覗かんばかりの信長の眼には、一体自分はどのように映っていたのか。先読みの力と観察眼に優れていると自負する光秀でさえ、時折信長の思考が見透かせない事がある。だが、あの時に見せていた信長の目は。
(試されている、か)
光秀の心を試している。それを分かっていても尚、光秀は己の中に延々と燻り続ける感情と思考を切り捨てる事が出来ないでいた。考えを巡らせていた思考を切り替えるべく、一度瞼を伏せる。再び瞼を開けた時、光秀は意思を固めた。
辿り着いた後方の陣、兵達が歓声を上げて迎えてくれているその後方、自らの天幕内から出て来た凪の、心底安堵した表情を曇らせる事になっても、告げると、決めたのだ。