第20章 響箭の軍配 参
鏑矢を射った後、【目】の反動が襲って来た事で凪は少しの時間、自らの足で立つ事が叶わず、光忠の勧めで天幕内に居たのである。果たして合図は無事皆に届いたのか、と心配していたその半刻後、早馬による伝令がやって来た事でようやく戦の終結を知る事が出来たのだ。まだ本調子ではない凪を気遣い、光忠が伝令に話を聞きに行ったところ、信長、光秀共に無傷であり、死者も出ていないという事も確認が取れていた為、後は光秀達の帰還を待つばかりだったのである。
戦を終えた後も、陣の撤収と安土への帰還が残されていた。今の内にまとめておけるものはまとめておこうと思い立ち、凪は自身に与えられた天幕内の荷物を片付け始める。だいぶ調子も戻って来たからと籠の中身を整理した合間、机上に置きっぱなしであった清秀からの文と、一度外した真白な芙蓉の簪を視界に映した。
(……もう雨も上がったし、大丈夫だよね。いつまでも亡霊さんからのやつをつけてるのも、ちょっとなあ…)
雨に濡れて汚れては嫌だからと外した芙蓉の簪へ挿し替える為、凪は清秀によって贈られた夾竹桃(きょうちくとう)の簪をそっと抜く。前回の錦木のものと同様、簪の先端に大きな玉がついていて、そこに濃い桃色の夾竹桃が描かれているそれには、しゃらと微かな音を鳴らす飾りが一連ついていた。何気なくその簪を振り、しゃらしゃらと音を鳴らす。涼やかなそれは鼓膜を優しく刺激し、妙に凪の耳に残った。
(……夾竹桃には植物全体に毒がある。触るだけでは何ともないけど、間違って食べたりしたら、結構危険な毒)
夾竹桃は人を誘う鮮やかな桃色の大きな花を咲かせる植物で、花の形が桃の花に、葉が竹に似ている事からその名がつけられた。桃と竹、どちらかになりたくて、どちらにもなれず、人を死に至らしめる程の毒を持ってしまった美しい花。その矛盾した姿は何処か、中川清秀という人物に似ている気がする。
────君を抱くなら、無粋な見物人が居るところではなく、二人きりの褥の上が良い。
(何であの時、あの人はあんなに嬉しそうに笑ったんだろう)