第20章 響箭の軍配 参
「……おや、これは失礼致しました。試し撃ちのつもりが、少々手元が狂ったようだ」
いつの間に構えていたのだろう、銃口から硝煙と細い煙を立ち昇らせる銃を肩にとん、と寄りかからせ、まったく悪びれていない様子で口角を上げた光秀が告げる。あとほんの僅かでもずれていたなら、兜は弾き飛ばされ、頭頂部が鉛玉で削られていただろう。絶対的な射撃精度を見せつけた光秀の腕に武将は素直に舌を巻いた。
(あれ程即座に照準を合わせられるとは、さすが魔王の左腕と呼ばれるだけはある…)
「な、何故…種子島はすぐに火薬が湿気て使い物にならなくなる代物…それなのに、何故…!」
「残念ながらこれは種子島ではない。それを元に改良された雨火縄と呼ばれるものでな。多少の湿気ならばそう問題はないという訳だ」
「……随分と周到な事だな」
「お褒めに預かり光栄の至り」
雨火縄と呼んだその銃の銃身をとん、自らの手に打ち付けて語る様を見やり、信長が呟く。瞼を伏せて謝辞を述べた後、光秀は静かに視線を流した。南蛮筒部隊は使い物にならず、自軍は信長の兵達に包囲されている。おそらくこの分だと本陣は既に落ちたと考えて間違いないだろう。
「背後の鉄砲衆が構えているのも全てこの雨火縄。…威力の程は、先程身を持ってご確認いただいた通り。さて、降伏か応戦か、どうぞご決断を」
光秀が凄絶な笑みを刻む。口元こそ笑っているが、目がまったく笑っていない事に気付いた大名が、それでも往生際悪く唇を噛み締める。
政忠は光秀の隣に居る信長を見た。最後の詰めを光秀へ任せている男はただ、事態を静観している。その冷たく感情のこもらない目を前にして、武将は身を震わせた。おそらく、応戦すると決まった瞬間、信長は容赦なくその刀で兵達を切り伏せるだろう。そこに一切の躊躇いが見えないと理解出来たからこそ、政忠は大名が何かを口にする前に、槍を手放して前へ進み出た。
「お待ちください!先程いただいたお話、お受けさせていただきたく候…!!」