第20章 響箭の軍配 参
「愚問だな。貴様が俺に下った時点で、この国は俺のものだ。その民や兵を殺したところで俺に何の益がある。単に石高が減るだけだ」
「………とんでもない、御方だ…」
自らに刃を向けた大名の家臣を取り立てようとするだけでなく、領地となるその場所の統治を任せるなど、正気の沙汰ではない。だが、信長の目は偽りなど孕んでいなかった。武将がじり、と後方へ下がったのを見やり、大名は焦燥と怒りに駆られて馬上で地団駄を踏む。空気はすっかり信長に呑まれており、織田軍の兵と刀を交える足軽達の間にも躊躇いが見え始めていた。そんな時、伝令が大名の元へ駆け寄り何事かを耳打ちした途端、男は一転して強気な表情を浮かべて片手を振り上げる。
「騙されるな!この男は悪鬼羅刹の如き第六天魔王!!約束などまともに守るような奴ではないわ!信長め、我が国が持つ最新鋭たる武装の力、目にもの見せてくれる…!道を開けよ!総員構え!」
高らかに告げた大名の号令により、本隊の兵達が中央を開けるように左右へ分かれた。それと同時、奥からやって来た敵部隊が一斉に正面へ出る。彼等は凪が【見た】南蛮筒部隊の者達だった。外国製の銃を手に構える面々を正面に捉えても尚、信長の余裕は崩れない。それどころか、ちらりと視線を背後へ向けたと同時、戸惑いを捨てきれないでいる政忠へ声をかけた。
「今ここで決断しろ政忠。そう刻は与えてやれん」
言葉を投げかけられた武将が、何事かに気付いたように目を見張る。ざっと視線を巡らせれば、信長本隊の兵達の数が明らかに減っている事に気付き、思い切り背後を振り返った。状況を把握していない大名から距離を開けた背後、いつの間にか南蛮筒隊すらも巻き込み、ぐるっと織田軍の兵達に包囲されている自軍の状況を見て取った政忠が足元をぐらつかせた。圧倒的に打つ手なし、南蛮筒隊を背後に抱えた事で強気になっている大名は未だ最悪の状況である事に気付いてはいない。
やがて前方から雄叫びが聞こえた。視線を向けた先で、信長以外の兵達が一斉に中央を空ける。その作られた花道の如き場所を、一隊が駆け上がって来た。
(まさか…!?)
信長の傍へ近付く、一頭の馬。その背に跨る銀の化け狐が銃を片手に笑みを刻む。
「お待たせ致しました。御館様」