第20章 響箭の軍配 参
呆れた調子で溜息混じりに告げた男は、立ち上がろうとした凪へ手を差し出す。今ばかりは幾分完全に本調子ではない、という理由で光忠の手を取った凪は天幕の外へ出るべく歩き出した。天幕の外では残った医療兵達が麓からの負傷者を運んで治療に当たっている。もうすぐ一矢で戦局が大きく動くという事を、戦に慣れた兵達は肌で感じているのか、皆それぞれが何処となく緊張した面持ちになっていた。
木に遮られる事のない開けた場所まで光忠につれられてやって来た凪は、弓と鏑矢を運んで来てくれた兵に礼を告げてそれ等を受け取る。弦の張りを軽く確かめた後、飛距離をより伸ばす為に張り具合を自分で扱いやすいように調整した。弦の張り直しや扱いがかなり手慣れた様子である事に驚きを示し、光忠は静かに凪の動きを見守る。やがて、すべての確認を終えた後で、彼女が静かに姿勢を正し、矢をつがえた。
「よし、行きます…!」
構えを取り、流れるような無駄のない所作で弓をぐっと強く引く。矢の先に添えた小指のかかりと親指の付け根辺りを微調整した後、一度大きく深呼吸をする。やがて、張り詰めた弦が微かな振動を止めると同時、引き絞った鏑矢を凪は戦場に居る全ての味方へ届けるかの如く、眩しく注ぐ白んだ光の中、晴天へと向かいそれ放ったのだった。
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─────凪が鏑矢を放つ少し前、光秀隊と信長本隊。
配置に戻った光秀の元に九兵衛が駆け寄った。案じた様子で表情を曇らせる男の姿を見つめ、光秀が短く問題ない、と告げれば、彼はあからさまな安堵を見せる。余計な波紋を広げないよう、と九兵衛以外に事情を明かさなかった光秀は、やがて晴れ間の見えた空へ顔を向け、眼を眇めた。指示により、朝方から雨除けの為、大樹の下に移動させていた箱を開けた九兵衛が、一丁の銃を取り出してそれを光秀へと両手で差し出す。
片手で受け取った彼は、手にしっくりと馴染む銃の調整を手早く済ませた後、銃身を肩に預けるような形で持った。光秀に従う兵達も次々と箱から取り出された銃を手に取り、やがて隊列を整えた後で機を待つ。その刹那。