第20章 響箭の軍配 参
「もう一回、やります。なんか動き出しそうな感じだったし」
【見る】事を止めた途端、凪の眸の光彩が黒へと戻った。視界がぐるぐると回る感覚に陥りながら、それでもまだまったく耐えられない訳ではないと気合いを入れ、凪は一度瞼を閉ざす。そうして再び同じ場所を【見る】為、目元に神経を集中させると、光彩が青へと移り変わった。
光忠の胸で支えられている彼女の身体は未だ熱い。じわりと再び滲んだ額の汗を拭ってやり、男はただ凪を見守る他なかった。
縮尺を合わせ、同じ場所へ視線を注いだ凪は先程から忙しなく動き回っていた部隊兵達が整列している様を見て取る。ずらりと並んだ兵達は一様に外国製の銃────清秀が流したのだろう、南蛮筒を手にして隊列を整えた。そうして、一隊を率いる立場なのだろう男が声を上げると、彼らは銃を片手に掲げて歩き出す。そこまでをしっかりと見て取り、凪はすぐに瞼を閉ざした。
「…っ…、はあ…」
「少し目を閉じろ。あまり熱を上げ過ぎるのは良くない。……ただでさえ回転の悪い頭が、更に鈍くなりそうだ」
「あのですね…、なんでこういう時に…」
「あの御方の御役に立ちたい気持ちは分かる。だが、お前が無理をすれば、光秀様がまたご心配されるだろう」
こんな時までからかって来るのか、と文句のひとつでも言いたくなったと同時、光忠が淡々と告げた。少しでも回復させる為、瞼を伏せている凪には、今の彼がどんな表情をしているのか分からない。だが、少なくとも凪と光秀、両者を慮(おもんばか)っている事だけは声色から感じ取れた。
「……やっぱり、従兄弟だけにそっくり」
ぽつりと小さな音を溢し、目の集中を解いた事で少しずつ正常に戻りつつある身体の調子を確認するよう、伏せていた瞼を緩慢に持ち上げる。もうすっかり黒色に戻った凪の眸は、毅然とした意思のまま、背後に居る光忠を振り返って映した。
「もう大丈夫です。ありがとうございました、光忠さん」
「……光秀様に頂いた役目をまっとうしたまでの事、お前に礼を言われる筋合いはない」
「お礼って言いたい時に言うものなんですよ」
「脳天気な女だ」