第5章 摂津 壱
「やはりここ、有崎城下周辺の農村では数ヶ月前より突然重税が課せられるようになったとの事。付近の農民の話によれば、その他にも若い男が荷の運び手として駆り出されているようです。それに応じれば、減税されるとの触れがあちこちで出されており…」
「ほう…甘い蜜を垂らし、そこに縋る者達を都合良く使い捨てる、か。なるほど、いかにも悪党が思い付きそうな下賤な策だな。運び手を捕らえた所で相手はただの事情も知らぬ農民。家族を人質に予め脅しておけば自身の足がつく心配もない、という事か」
「…ええ」
九兵衛の発した報告に、光秀は眇めた眼に冷えた熱を灯した。腕を組み、口元を隠すようにして片手の甲をそこへあてがう。
「今朝方、運び手の中で無事生き戻った者から話を聞く事が出来ました。どうやら荷はすべて隣国の廃城へ収められているらしく、荷の中身はすべて」
「ここ、摂津で各所から集められた米…即ち兵糧か」
「おっしゃる通りで」
放たれた斥候の情報によりもたらされた不審な米の流れと、摂津国内の不当な重税が繋がりを見せる。
暫し口を閉ざし、無言の内に思考を巡らせた光秀はやがて、口元へあてがっていた手を下ろし、部下を見やった。
「情報を提供した農民達を保護する必要がある。急ぎ坂本城へ遣いを出せ」
「そちらはもう既に済ませてごさいます。貴方様が仰られるであろうことは理解しているつもりですよ」
口元を微かに綻ばせた部下が、すべて心得ていると言わんばかりに穏やかな声色を発する。その様を前にして、不意に冷たい色の眼差しへ僅かな温度を取り戻した光秀は、自らの意を汲む優秀な部下へ吐息混じりに笑って見せた。
「さすがだな。…では支度が整い次第、早速始めるとしよう」
「恐れ入ります。私は引き続き、調査を進めて参ります」
表情を切り替えた九兵衛が頭を再度下げ、ふと断りを入れてから沸き立つ茶釜から湯を急須へ汲み、慣れた様子で二つの湯呑みへ茶を煎れる。茶葉の良い香りが辺りへ漂う中、赤い漆塗りの盆へそれ等を乗せた彼は、窺う様子で主を見やった。
「部屋までお持ち致しましょうか?」
「いや、俺が持っていこう。素直になれない仔犬の機嫌をそろそろ直してやらんとな」