第20章 響箭の軍配 参
群がる兵達を馬上で難なく蹴散らし、自然と開かれて行く道を真っ直ぐ悠然と蹄の音を鳴らしながら向かって来ていたのは。
「第六天魔王……織田、信長…」
口元に微かな笑みを浮かべ、血の如く真っ赤な眸を木沼政忠へ向けた信長の姿だった。
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─────家康隊。
後方の陣から出発した家康が向かったのは、敵方である小国の本陣である。勝利を確信した大名のお粗末な指揮により、ほとんど手薄な状態で、周囲を固める数名の兵と戦闘手段を持たない医療兵達や負傷者が居るだけのようだ。数名の見張りを気絶させ、既に周囲を探っていたらしい光秀が放った斥候により、家康隊の中で数名が手引きされれば、白昼堂々と彼等は陣内へ潜入する。車輪部へ油をよく塗り込んだ台車の上には、凪が天幕内で見つけた黒い箱が乗せられていた。
(………まったく、あの人もよくこんな俗っぽい方法思いつくよ。大体俺は本隊との合流を阻む役だった筈なのに、急に作戦変更しすぎ)
運ばれて行く箱が敵本陣の補給天幕内へと次々入って行くのを遠目に見ながら、家康は些か半眼になりつつ溜息を漏らした。
光秀が開かずの箱としていた黒い箱の中には、とあるものが大量に敷き詰められている。
やがて天幕内へ黒い箱を運び終えた後、一部の兵達が本陣近くに潜む林の中へ戻ると同時、敵軍の兵になりすました斥候が堂々と本陣内の敵へ接触すると、何事かを話した後で敵陣の者達は慌てた様子で動き出した。
「急ぎ補給物資を運べ!」
けたたましい号令が響き渡る中、少ない兵達が補給天幕へと入り、黒い箱を運び出し始める。台車に積まれ、何処かへ運ばれて行くそれ等を見届けた後、家康は身を翻して残りの兵達へと振り返った。
「後は合図を待つだけだ。鏑矢が放たれ次第、総員で一斉に敵本陣を占拠する」