第20章 響箭の軍配 参
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その後、光秀の馬に乗せられて陣へ戻ると、凪はすぐさま家康へ解毒薬を託した。一体何処から手に入れたのか、もはや問うまでもないその薬を受け取り、至極複雑そうな表情を一瞬浮かべた家康だったが、すぐに身を翻して毒を受けた兵達への処方に取り掛かる。手の空いている者達も総出で手伝い、毒を受けた全兵へ解毒薬の服用を終えさせた頃には、すっかり雨脚も弱まり、再び霧雨のような細やかな雫だけが辺りに散っていた。
ぐったりとした状態で血を吐いていた者達の吐血症状はすっかり治まり、後は安静にしていればいいと告げた家康に、陣内の者達は皆、一様に深く胸を撫で下ろす。ひとまず毒の一件は解決の運びとなり、安堵したのも束の間、新たな問題が浮上して来たのだった。
「……兵站部(へいたんぶ)の数が足りない?」
「ああ、半数が毒にやられた所為で、光秀さんからの頼まれ事をこなすのが少し厄介になった。…でもあれは、一応作戦の要でもある。苦肉の策だけど、医療兵を少し借り受ける他ない」
「負傷兵の数も減っている。陣内にまた妙な鼠でも入り込んでいない限り、おそらく問題はないでしょう」
今後の作戦の確認の為、光秀の天幕内で地図の乗った机を囲んでいるのは、光秀と家康、光忠に、凪だった。家康は光秀から、とある頼まれ事をしている為、戦況から見てもそろそろ動き出さなければならないタイミングであり、幾分渋面を浮かべる。物言いたげな半眼を横目で向けた家康が、隣で地図を眺める光秀を軽く睨んだ。
「何処かの誰かが、こんな山の中に陣なんか張った所為で移動に時間がかかるんで、出来れば今すぐ出発したいんですけど」
「まあそう言うな、家康。山歩きも慣れれば楽しいものだ。…だが、確かに時が惜しい。お前の言う通り、医療兵を分けて連れて行くのが懸命だな」
「ちょうど体力が有り余ってそうな筋肉達磨(だるま)達も居る事ですし、もういっそ彼らをまとめて連れて行っては?」
「お前、あいつ等に絡まれて面倒だからって、こっちに押し付けて来るなよ」
「そんなまさか、押し付けるなど」
家康と光忠がいつものやり取りを繰り広げている中、凪はそっと隣に居る光秀の様子を窺い見た。