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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第20章 響箭の軍配 参



「解毒薬、ちゃんと貰えましたよ。だから早く陣に戻って皆に飲ませましょう」

乱れた衿を直しながら凪が笑った。雨に濡れたその頬が、まるで泣いているかのように見えて、光秀は堪らず瞼を硬く閉ざし、自らの手がこれまでの行いで、見えない血にまみれている事すらも投げ打つと、ほとんど衝動的に彼女の身体を掻き抱く。

「みつ…ひ、でさん…」

何を言われた。何を条件に出された。何を、渡した。
湧き上がるのはそればかりで、音に出し、問いを投げかける事も、慰める事も出来ない。何故なら、光秀にはその権利もなく、立場でもないからだ。凪を愛おしいと思った日から、いつかは元の世へ戻る彼女を、その時が来るまで愛していられればいいと思っていたが、今はそれだけの関係が酷くもどかしい。
ただ身勝手な愛を一方的に注ぐだけではこんな時、自分は凪に何もしてやれない。一方的な愛を注げば注ぐ程に、その分だけ膨れ上がった行き場の無い想いが形を変え、自分の中の欲が大きくなって行く。

何も言わず抱きしめている光秀の腕の中、冷たい身体の熱を感じながら、凪は身動きが取れないでいた。何度かこうして光秀に抱き締められた事はあったが、痛切な想いの伝わって来る抱擁は初めてかもしれない。しばし戸惑い、凪はそっと両腕を持ち上げ、躊躇いがちに光秀の背へ腕を回す。ぎゅっと着物を軽く握るようにして抱き締めた彼女の行動へ、些か驚いた光秀の眸が瞠られた。

「もう、大丈夫ですから。…陣に戻りましょう。きっと皆待ってます」

気遣わしげな音が鼓膜を打ち、光秀は静かに瞼を伏せる。やがて、凪の言葉へ同意を示すようしっとりと濡れた艷やかな黒髪へ軽く唇を寄せ、低く囁いた。

「………ああ、そうだな」

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