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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第20章 響箭の軍配 参



斬られた一房の髪や頬になど構う事なく、滴る血を親指の腹で拭った清秀は、それをそっと舐め取った後、鷹揚に笑う。笑みの一つも浮かべない光秀の獰猛な眼光をものともせず、男は肩を竦めた。光秀が小刀を放ったと同時に到着していた光忠も、馬上で睨みをきかせる主君の横顔と、背を向けたまま男の腕に抱かれている凪の姿を前に、何となく察しがついたのか、あからさまに不快と言わんばかりの面持ちを浮かべ、吐き捨てる。

「……さすがは酔狂な頭の毒蛇。なかなか良い趣味をお持ちのようだ」
「へえ、君が光秀殿の従兄弟殿。噂は色々聞いてるよ。…趣味の良さには自信があるんだ。だから、今しばらく邪魔をしないでくれるかな」
「それで趣味が良いとは、どうやら貴殿とは気が合いそうにないらしい。いっそ清々するな」

清秀を煽る言葉を並べ立てつつ、光忠はそっと隣の光秀を窺った。凪によって制止させられた事、交換条件の最中といった言葉を耳にすれば、これが一体どのような状況なのかは容易に把握出来よう。

「少し邪魔が入ったね。凪、続きをしようか」
「あ、あの…」

清秀は、わざと聞こえるように凪の耳朶へ唇を寄せながら、しかし決して低めない調子で告げた。見せつけるかのような行動をされ、ましてや光秀達が居る眼の前でされる事への動揺に、戸惑った声が咄嗟に漏れる。先程はほんの僅かに唇が触れただけだ。交換条件を満たすには到底足りない。混乱した頭では、芙蓉ではなく凪と本名で呼ばれた事すら気付くには至れなかった。それに気付いたのは光秀だけであり、清秀が更に追い詰めるような事を、今度は凪だけに聞こえるよう囁きかけた。

「……さっきの思い切りの良さはどうしたの姫。もしかして、光秀殿がこの場に来たから?」
「……っ、それは…」

確信を衝かれた凪の眸が大きく見開かれる。揺れた漆黒の眼が清秀を映すも、彼女のあからさまな反応に男の表情が不意に消えた。自分に抱かれて欲しいと言われた時は、困惑や動揺の素振りすら見せず、すぐに様々な感情を呑み込んで受け入れた凪が、光秀の名ひとつ、姿ひとつでここまでの反応を見せるという事実に─────酷く、心が渇いて行く気がした。

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