第20章 響箭の軍配 参
ふと凪が呆然とした様子で小さく呟きを溢した。言葉の意図をはかりかね、聞き慣れない単語に怪訝な面持ちを浮かべた光忠が説明を欲するような視線を向ければ、我に返った凪は目の前に立つ光忠へ顔を上げる。
「光忠さん、もうひとつ光秀さんに伝言をお願いしたいんですけど…!」
「此度の戦に関わる事を【見た】のか?」
「そうです。背中に差した旗印が同じでした。いつかは分かりませんけど、その内雨が上がります。そうしたら、外国…南蛮か何処かの銃を持った兵達が平原に出て来るみたいです」
この曇天が無くなり、晴れ間が見えるという事態もなかなか驚きではあるが、問題は外国製の銃を持った兵、というところだ。凪の話へ耳を傾けつつ、思考を静かに巡らせた光忠はひとつ頷いた後、支えていた凪の肩から手を離す。
「なるほど。お前の言伝、確かに預かった。……お前も、あまり無茶はするなよ」
「大丈夫です!前にもあの人には会ってますし、何とか言いくるめて、解毒薬絶対持って帰って来ますから…!」
床几から立ち上がった凪に向かって微かに口角を持ち上げると、光忠は天幕入り口の布をばさりと開けてやった。雨に濡れると嫌だから、といっていつも挿している芙蓉の簪をつけていなかった彼女は、袂から一本の簪を取り出し、高く結った髪の結び目へそれを挿す。
「家康公には俺から説明しておいてやる。この天幕の裏側にある一本道を道なりに進めば寺だ。迷うべくもないところで無様に迷うなよ」
「一本道なんだから迷いませんよ…っ」
光忠が指し示した方向へ視線を向け、軽口を叩き合った後で走り出した凪の背を見送り、やがて眼差しへ真摯な色を過ぎらせた彼もまた、己のやるべき事の為に動き出したのだった。