第20章 響箭の軍配 参
「…………破り捨てても良いか?」
「い、一応待ってください…!ぶっちゃけあまり気は進みませんけど、光秀さんにも見せなきゃなので…」
「……お前、あの御方の琴線を容赦なく揺さぶるとは、なかなか隅に置けんな」
「琴線…?」
文の内容を大まかに要約して伝えてくれた光忠は、それから視線を上げて据わった眼差しのまま凪へ振り返った。光を灯していない菫色の目へ慌て、清秀関連ともなれば光秀にも報告の義務があると考えた凪が必死に止める。
ただ本心としては凪も光忠に激しく同感だとは補足しておこう。
「…ともかく、毒の特定にどれだけ時間がかかるか分からない以上、解毒薬は絶対に必要です。この内容だと、あの人解毒薬持ってると思うし、私行って来ます」
「…お前の言い分は分かる。だが、これ程常軌を逸した頭の危険な男の元へ一人で行かせる訳には…」
「でも、一人で行かないと多分この人、絶対に解毒薬渡してくれません…!」
折り畳まれた清秀からの文をひとまず机上へ置き、凪は床几から立ち上がる。間者の男は一刻半以内に解毒しなければ、と言っている。毒は時間との勝負なのだ。
毅然とした面持ちで言い切った凪を前に、光忠は苦しげな様で渋面を浮かべる。交換条件の相手が凪でさえなければ、光忠は容赦なく行って来いと言うだろうが、相手は自らが護衛を任された凪である。清秀が本当に彼女へ解毒薬を渡し、再び凪を帰して寄越すのか、その保障がない。
「光忠さん、お願いします…!行かせてください!というか絶対行きますから」
「もはや許可すら乞うていないではないか」
「兵の方達があんなに苦しんでるのに、自分の安全だけ考えるなんて私には無理です」
凪の真っ直ぐ注がれる黒々した眼を前に、光忠は押し黙った。本来ならば思案の間すら惜しい状況だ。菫色の眼を厳しい様子で眇め、唇を引き結んだ彼はやがて、押し殺した様子で声を発する。
「………その性悪男が指定している廃寺には、覚えがある。確かにこの陣からはそう遠くはない。俺は光秀様に急ぎこの件を伝え、お前の元へ戻る。それでいいな?」
「光忠さん…」