第20章 響箭の軍配 参
視線を向けた瞬間、文からほんのり薄れてしまった侍従(じじゅう)の淋しげな香りが漂い、鼻腔を擽った。
しかし、ここで凪は肝心な事を思い出し、そっと視線を光忠へと向ける。すぐさまそれを逸らして再び紙面と向き合い、内心で大量の冷や汗を流した。
(読めない!!!)
ある程度の知識がついたとはいえ、相変わらず凪は漢字の解読が苦手だった。家康にはバレているから構わないが、光忠に字が読めないなどと知れようものなら、何を言われるか分かったものではない。
しばし無表情のままで紙面と睨み合う凪を腕組みしながら横目で見やり、嘆息を零すと光忠は彼女の手からそれを取り上げた。
「あ、あの…っ」
「出来ない事で無理矢理背伸びをするな。お前の頭の小ささでは程度が知れている。要約して伝えるが、構わないだろう?」
「………はい」
どれだけ嫌味を言われても、こればかりは仕方がない。事態は文字通り一刻を争うのである。こんなところでつまらない自尊心を優先している場合ではないのだ。
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君がこの文を目にしているという事は、恐らくおおよその事情を察しているんだろう。
本当は無粋な形での逢瀬など望ましくはないが、君が素直に私の元まで来てくれるとは思えなくて、つい悪戯を仕掛けてしまった。
出来心、とまでは言わないけれど、どうかあまり怒らないで欲しい。
せっかくなら君の可愛い顔が見たいんだ。それが笑顔なら殊更嬉しいんだけどね。
さて、本題に入る前に破り捨てられても困る。
端的にまとめると、今すぐ君に会いたい。
君達が敷いた陣の傍に、廃寺がある。そこで待っているよ。
君が私に会わなければならない理由は、君自身がきっとよく分かっているだろうから、敢えては言わないけど、少し急ぎ足の方がいいだろうね。
逢瀬の邪魔をされたくはないから、君が一人で私に会いに来て。そうでなければ、君が求めるものは渡せない。
私の姫君。その美しい黒髪に、真紅の錦木が映える様をどうか私に見せておくれ。
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