第20章 響箭の軍配 参
そこまで即座に推測出来た光忠はしかし、眉根を寄せた。昨日からこの陣内に居たならば、仲間とは接触が出来ない。
予め作戦の段取りを決めていたのならばともかく、何故この状況で男は動いたのか。
「……錦木」
ぽつりと男が呟く。それへ弾かれた様子で顔を上げた凪を他所に、男が笑った。昨夜の件を光秀からじかに聞かされていた光忠も、覚えのある言葉に眉間を顰める。二人の視線を真っ向から受け、男が満足げに笑う。
「あの御方は人の心理を上手く突かれる。昨夜の斥候と錦木の言葉は、俺への合図ですよ。計画通り、事を進めろというね。それに…姫様なら、その言葉の意味がよくお分かりだろうと仰ってもおりました。…お急ぎ下さい。この毒は一刻半以内に解毒しなければ…命を落としますよ」
「………下衆が」
楽しそうに紡がれた男の言葉を耳にし、凪の顔色が青くなった。その様を視界の端に捉え、短く吐き捨てた光忠の目の前で笑みを深め、男は奥歯で小さくカリッと何かを噛み砕く。その微かな音の意味を悟った光忠は咄嗟に刀を引き、凪の方へ距離を詰めた。
そうして彼女の後頭部を抑え込むようにして己の胸へ寄せ、きつく拘束する。
「光忠さん…!?」
「……黙れ、見るな」
驚く凪の声を遮り、低く押し殺した声で告げた光忠の背後で、激しく咳き込む音が響き渡った。そうしてその音がしなくなったと同時、天幕内に静寂が訪れる。緩慢に拘束を解いてやり、光忠は凪の手首を引いてそのまま足速に天幕を出た。無言で進む光忠の横顔を見やり、背後を振り返ってはいけないと咄嗟に感じた彼女はただ唇を引き結ぶと、抵抗なく光忠の後に続いたのだった。
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凪の天幕へ足を踏み入れ、燭台に灯りを点けた光忠は一度彼女を落ち着かせる為に床几へ腰掛けさせる。
天幕の外では、無事毒を飲まずに済んだ医療兵の一部や足軽、金瘡医達が忙しなく走り回っていた。毒の特定には刻が必要である為、家康もその指示に回っているのが響く声で理解出来る。
そんな中、凪は間者であった男から受け取った一枚の文を広げた。あの口振りでは、医療兵の誰かが落としたというのは十中八九嘘であろう。つまり、これは状況を作り上げた黒幕からのものである可能性が最も高い。