第19章 響箭の軍配 弐
光秀に続いて駆ける光忠へ視線をやり、凪の元へ向かうよう暗に命じた男は、そのままざわめく兵の群れの中へと突っ込んで行く。
一方、主君の命により方向を変えた光忠も抜刀出来るように柄を握り、そのまま金瘡医達が休憩している天幕を覗いた。
「凪は何処だ!?」
鋭い剣幕で問われ、数刻前に凪と言葉を交わした金瘡医の元僧侶が立ち上がる。
「光忠様、姫様ならば儂が担当する天幕に、茶を届けに…!」
「案内しろ」
「はっ!」
男を伴い、その場を去った光忠は案内された天幕へ入ると、彼女の名を強めの語調で呼んだ。
「凪!居るか!?」
「…みつ、…たださん…あの、敵だって声が聞こえたんですけど…」
天幕内へ駆け込んで来た男が声をかけたと同時、咄嗟に振り向いた凪は、その姿を目にしてほんの一瞬だけ名を詰まらせる。自身の名を呼んだのが光忠だという事実に数秒遅れて気付き、取り繕うような様子でそっと問いかければ、光忠は真摯な面持ちのままで静かに頷いた。
「騒ぎが収まるまでここへ留まれ。お前達、構わないだろう?無論、私も残るがな」
「では儂も残りましょう。ちょうどじじい同士の会話にも飽きたところでした故」
兵達は光忠の有無を言わせぬ冷たい圧を受け、ただ静かに何度も頷いてみせる。とは言え、元々先程から凪へ茶を煎れてもらいがてら、雑談をしていた為、むしろ歓迎だというのが本音なのだが。金瘡医の男も最奥の床几へ腰掛け、凪へも座るように促した。男に甘える形で腰を下ろし、そっと吐息を漏らす。
彼女の傍へと静かに歩みを進めた光忠は、柄から手を離さないままで並び立った。光忠は、先程自分が天幕へ駆け込んで来た時、凪が光秀の名を呼びかけたと気付いている。
主君の様子を見る限り、特に変わった素振りはなかったと記憶していたが、どうやら凪としてはそうではないらしい。
凪をしばらく見つめていた光忠は、常と変わらぬ抑揚のない調子で音を紡いだ。
「…どうした、あまりの可愛げの無さにもう愛想を尽かされてしまったか?」