第19章 響箭の軍配 弐
天幕に打ち付けられる雨音が、ざあざあと二人の間に満ちる沈黙を埋める。この長雨の先に、もっとおそろしい事が待ち受けていると知っていて尚、凪はこの場に居続けるのだろう。
心の奥底では、思考とは別の感情が滲むように湧き上がっていた。
その気丈な姿を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動が光秀の指先を熱くさせる。自らを強く惹きつける、愚直な健気さや強さを見せる凪へ募った、もどかしい恋情が胸の奥をじりじりと焦がした。
「小娘だって成長するんですよ。というか、私も人の事言えませんけど、光秀さん雨に濡れ過ぎです」
敢えて小娘と呼んだ事へ苛立ちを見せる事の無かった凪は、屈託なく笑ってみせた後、新しい手拭いを手にして光秀の元へ戻り、背伸びしながら片腕を伸ばす。
訓練時には拭いやすいように屈んでくれた光秀は、伸ばされた白い手拭いを前にして、まるでその行為を避けるかの如く顔を僅かに逸らした。
(……え、)
微かに瞠った黒の眸が小さく揺れる。中途半端なところで止まった腕は退けられた訳ではないが、行き場を失くして宙へ留まった。疑問というより、小さな違和感を拾い上げたかのような感覚に、胸の奥がちくりと仄かな痛みを覚える。光秀に対して触れ合おうとした行為そのものを、こうして拒絶されたのは初めての事だった。
「動かないで。……水滴を拭うだけです」
手拭いを持つ指先へほんの僅か、力を込めた彼女が言い聞かせるかのように短く言う。声色こそ変わらなかったが、眼が揺らいだのを視界の端に捉えた光秀は、一度背けた顔を正面へ戻すと、視覚を閉ざした。
背伸びしたまま、一度は行き場を失くした手拭いを持つ手がゆっくりと光秀の頬を拭う。頬を伝う雨粒を染み込ませていく様は、まるで彼の涙を拭っているかのような感覚へ陥らせた。
そんな事、ある筈がないのに。過ぎった思考を振り払い、凪が反対の頬を拭い終えて腕を下ろす。
「はい、もう大丈夫ですよ」
「……ああ」
瞼を持ち上げ、短く相槌を打った光秀が下ろされた彼女の腕を見やり、それからふと白い面(おもて)へ意識を向けた。