第19章 響箭の軍配 弐
「それは、光秀さんが一番良く分かってるんじゃないですか。人手が足りなかったんです。だから、光忠さんに無理を通してあそこへ行きました」
「戦場へ下りるという意味を理解しての行動か」
「……そうです」
己を見据える黒々とした眼を強い眼差しで見つめたまま、光秀は瞼を閉ざすと深い吐息を溢した。長い睫毛が伏せられたと同時、そこへ降っていた小さな雨の雫がするりと肌を伝って流れ落ちる。やがて、ゆっくりと閉ざした瞼を持ち上げた後、光秀は些か厳しい声色を彼女の鼓膜へ打ち付けた。
「指南を受け、多少はこの乱世について学びを深めたと思ったが、どうやら俺の思い違いだったらしい」
(……戦を知らない平和な世で育ったお前が、知る事ではなかっただろう)
言葉の厳しさとは裏腹の感情が光秀の中で渦を巻く。本当ならば、凪はこんな血生臭いものを見る事なく生きていける筈だった。何よりも彼女はいつの日か。
(────…お前は、いつか時が来れば元の世へ帰る)
ならばせめて、乱世に染まる事なく元の世へと帰してやりたかった。
争いも血が飛び散る様も、人の汚さも、そういった事を知らない、眩しいままで帰してやりたかったというのに。
凪は、それを決して良しとはしないのだろう。
光秀の胸中に反し、凪は毅然とした面持ちのままで真っ直ぐに答える。譲れないと言わんばかりの強い意思が覗く眸は、薄暗い天幕の中でもいっそうの輝きを帯びているかのように感じられた。
「…私が学んだのは、味方が困ってる時、それを知らん顔して奥に引っ込んでる事じゃありません」
「……小娘が随分と大きな口を叩くようになったものだな」
(こんな時ですら、お前は何処までも気丈に前を向くというのか)
低められた音には、気付かれない程度の苦々しさが込められている。切れ長の眼を眇め、強い視線を向けても尚、凪は目を逸らさない。それこそが彼女の答えなのだと改めて察し、光秀はやがて緩やかに瞼を閉ざした。