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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第19章 響箭の軍配 弐



だが、誰もが同じ人であり、【なんか】だなんて言葉で自らの命を貶める必要などありはしない。この時代にやって来て幾度か耳にしたそれを聞く度、凪は無性に悲しくなった。
冗談めかした雰囲気ではなく、本当に自分達の命をちっぽけなものだと思っている節があると、彼らの口振りから強く感じてしまうからだ。

「だから、今度そうやって俺なんか…とか言ったら、傷口に思いっきり塩塗り込みますからね」

腰に手をあてがいつつ言い切った彼女を見つめ、それまで穏やかに耳を傾けていた金瘡医の男が朗らかに笑う。

「では、うっかり姫様の前でそのような事を口にせぬよう、お前達も気を付けねばならんなあ。儂も姫様に助太刀するとして、口が滑った者には塩を塗り込みましょうぞ」
「じゃあそういう方向でお願いします」

にやにやと些か悪どい笑みを浮かべた金瘡医の、冗談とも本気とも付かない物言いを耳にし、凪もふと可笑しそうに笑う。兵達もどっと笑い出し、天幕内は一気に明るい雰囲気に包まれた。賑やかな笑い声が自然と収まった後、最初に声をかけて来てくれた兵が改めて凪を見る。

「でも、感謝の気持ちは本当です。貴女様が居て下さって良かった」
「………!」

真っ直ぐに伝えられた感謝の言葉は、確かに凪の胸をしたたかに打った。双眸を瞬き、奥底が冷たくなっていた胸へ、とくとくと暖かな心地が溢れる。咄嗟に何と言えばいいか分からなくなった凪は視線を困ったように彷徨わせ、小さく呟きを漏らした。

「それはその…、ありがとうございます」

自分に出来る事は、この時代の戦いや流れる数多の血、傷付く者達の姿や、光秀の信念から、目を離さずにいる事、受け入れ、見届ける事。それだけだと思った。
戦う術を持たない自分に出来るのは、それしかないと思い込んでいたが、もしかしたらもっと他に、武器を取る形以外で出来る事があるかもしれない。

────私、その為に家康から色々教えて貰ったんだよ。

(そうだった。自分で言ったくせに、無理矢理冷静になろうとしてて、忘れかけてたな)

まだ出来る事がある。この後方の場で、一人でも多くの兵達の傷を癒やす事で、微力ではあるが自分は力になれるかもしれない。彼等は作戦の一助であり、要(かなめ)だ。それはひいては、きっと必ず。

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