第19章 響箭の軍配 弐
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─────光秀率いる部隊が撤退したその後、暮六つに差し掛かろうとする刻限。
医療小隊とその援軍は、撤退する光秀達の隊と共に陣へ戻って来ていた。
白兵戦へ突入した事もあり、光秀率いる鉄砲足軽混合部隊に所属する面々も多少なりの負傷者が出ていて、陣内は一気に負傷者で溢れる形となる。信長本隊に所属していた負傷兵も含め、光秀隊の兵達においても致命傷となるべき負傷は見られず、麓でその戦いを見守っていた凪がそっと安堵の息を漏らしたのは言うまでもない。
凪達医療部隊は先頭、光秀や九兵衛は後方からの奇襲に備える目的で、撤退時は隊の最後尾についていた為、未だ二人は言葉を交わしていない状態だった。
勢いを弱める事のない雨は延々と降り続き、空は深く黒い曇天が広がっている。まだ完全に夜にはなっていないにも関わらず、太陽の姿を押し隠してしまった黒雲の所為で、小国一帯は薄暗い闇に閉ざされており、それはさながら、この国の行く先を示すかのようだった。
凪達を含む先頭に近い兵達が陣へ到着したと同時、家康は兵站部(へいたんぶ)を兼任する医療兵や足軽達を連れ、入れ替わるようにして陣を出発した。
本来はもう少し遅い刻限に、信長が居る本陣へ物資を輸送する予定だったのだが、天候の様子を見て早めに出発する事を決めたという事だ。ついでに軽傷などで治療を終え、歩行が可能な負傷兵達も連れて本陣へ向かった家康は出発前、悪路で戻るまでに時がかかる場合があると光忠や凪に告げ、山中に陣を敷いた光秀へ文句を言っていたのだが、それはまた別の話である。
とにかく、動ける医療兵が半分に減った事もあり、怪我をしていない光秀隊の者達も総出で治療などに当たる形となったのだった。
「薬のストック、沢山作っておいて良かったなあ。深手じゃない切り傷や打ち身が多いみたいだし…ひとまず塗り薬と張り薬、移動させとこう」
薬等の備品が保管されている天幕は厳重に張られており、万が一の場合に備えて二重に幕が重ねられている。一息付きながら凪は頬に流れる雨滴を手の甲で拭うと、透明な水滴しかつかない自らの手を見下ろし、不意に動きを止めた。