第19章 響箭の軍配 弐
些か愉しげな様子で告げた清秀はしかし、すぐに首を左右に振ると自らの問いかけを取り下げた。短い相槌の後、報告へ訪れた男と共に向かわせたもう一人の存在について問われれば、男は静かに事実だけを述べる。
彼は、清秀がこの小国の大名へ取り入った頃から目の前の毒将に魅せられた者の一人であり、元々は小国軍に所属する者だった。あまりにも自然に、それこそゆっくりと効いて来る遅効性の毒が如く大名からの信頼を勝ち取り、軍を自由に動かす権利を与えられるまでになった清秀に対し、男は心酔せずにはいられなかったのだ。基本的には何事も無関心で、心中を悟らせない彼の、唯一の琴線に触れない限り、害される事もない。
だからこそ、自らと共に向かった男の行動を清秀に対して口にする訳にはいかないと、必死に口を噤もうとする。
「……へえ?」
低く艷やかな声が短く発せられた。そっと顔を持ち上げた刹那、映り込んだ清秀の笑みに身を竦ませた男が息を呑んだと同時、腰に差した刀を即座に抜き放たれ、冷や汗が背筋を流れる。
刃ではない方の切っ先を顎へあてがわれ、ゆっくりと上を向かされた。
「つまり、撃たれるような事をしたんだね」
「き、清秀様…!!」
「そう怯えた顔をしないで欲しいな。殺したりはしないよ。君には、まだやって欲しい事がある」
「な、なんなりと…!」
顎先へあてがっていた切っ先を下ろし、鞘へ刀を収めた清秀が優雅に立ち上がる。数歩距離を詰め、軽く身を屈めると共に男の耳元で何事かを囁きかけた。それに対し、ぶるりと身を震わせた男がおもむろに立ち上がり、清秀へ向け一礼するとそのまま駆け出して天幕の外へと出て行く。
揺れる燭台の灯りの中、袂から取り出した濃い桃色の夾竹桃(きょうちくとう)の絵が描かれた玉飾り付きの簪へ、瞼を伏せながらそっと口付けた。灯りによって薄っすらと白い肌へ落ちる睫毛の影が揺れ、何処となく恍惚とした笑みを浮かべた清秀は愉しげに笑いを漏らして呟きを零す。
「【この場では】殺したりしないよ。あくまでも私は、ね」
男の言葉をかき消すかのような強い雨音が天幕の天井へ打ち付けられ、それを耳にしながら指先でくるりと手にした簪を弄び、清秀はそっと燭台に灯された灯りを一つ、軽く息を吹きかけた事で消し去る。そうして薄闇の中、ただ口元の笑みを機嫌良く深めたのだった。
