第4章 宿にて
こうしてその他大勢が持つであろう一般的な感想を抱けるようになったのも、昨夜の一件で胸のつかえが少し取れた事が理由だった。
そっと自身の口を覆っていた片手を外し、そのままゆっくりと指先を眠る男の目許へ寄せる。瞼を伏せた光秀はどことなく無防備で、起きている時よりは幾らか触れやすい気がした。
(ていうか、この人も眠るんだ)
人間なのだから当たり前だが、凪にとっての光秀はどうにも掴みどころがない。本能寺首謀者説は凪の中でとうに消え失せていたが、言葉にし難い独特な空気感にはまだ慣れていなかった。
そんな事を考えながらゆっくりと近付けた目許へ、指の先端が触れそうになった瞬間。
緩やかに瞼を持ち上げた男の金の眼が凪の顔を間近に映し出す。
「……っ、わっ!?」
ふわりと持ち上げられた長い睫毛が揺れ、緩慢な瞬きの度にキラキラとそれが輝きを帯びた。
咄嗟に息を詰めた凪が短い驚きを含んだ音を発し、びくりと震えた指先を引っ込めようとするも、それを読んでいたかのごとく腰に回したままであった男の腕に力が込められる。
「そこまで熱烈に顔を観察されると、さすがの俺も恥じ入るというものだ。…さて、この悪戯な指で俺のどこに触れようとしたのか、その口で聞かせて貰おうか?」
「な、なんかその言い方…ッ!?」
とてつもない誤解を生むような気がしてならない。
力を込めた男の腕が凪の身体をぐい、と寄せれば二人の距離感が一気に失われていく。
恥じ入るなどとは微塵も思っていないだろう光秀の視線が、中途半端な位置で留まった凪の指先をゆっくりとなぞった。
「ッ…別に触ろうとなんかしてないです…ていうか、どうして光秀さんがこんなとこで寝てるんですか!?私の領域って言ったのに、無断侵入ですよ…っ」
指先を握り締めるようにして光秀の視線から逃れると、ようやく思い出した様子で自らが置かれている現状について文句を並べる。
起き抜け早々に眉根を寄せた凪が焦りと苛立ちと羞恥が混ざり合った感情を目に浮かべる様を前に、光秀は喉奥で低い笑いを漏らした。
「お前の可愛い寝顔を見たくなって、つい無断で立ち入ってしまったようだ…すまないな。だが、これでお前も学ぶ事が出来ただろう?」